2025年10月3日 (水) 静寂は、蜜の香り
苛烈を極めたプロジェクトが、昨日ようやくクロージングを迎えた。クライアントからの最終承認が下りた瞬間、張り詰めていた糸がぷつりと切れる音が、自分の中でだけ聞こえた気がしたわ。KGI達成への最後の詰め、チームメンバーのモチベーション管理、そして私自身に課した完璧という名のプレッシャー。その全てから解放された自分へのご褒美として、今夜は都内の、常宿にしているホテルのスイートを予約した。
シャワーを浴びて、肌に馴染むシルクのキャミソールの上に、彼の部屋から拝借してきたオーバーサイズの白いシャツを一枚だけ、無造作に羽織る。下は、滑らかな感触だけが素肌を撫でる、ノーパンのワイドパンツ。この、誰にも知られない密やかな解放感が、私を少しだけ大胆にさせるの。
宿泊者だけが利用を許される、最上階のエグゼゼクティブラウンジ。窓際の深いソファに身を沈め、眼下に広がる宝石を散りばめたような東京の夜景に、バーボンを傾ける。静かに流れるジャズの音色、グラスの中で氷が立てるか細い音。世界から切り離されたようなこの静寂が、昼間の私を形作る鎧を、一枚、また一枚と溶かしていくようだわ。
ふと、視線を感じた。
斜め向かいのソファに腰掛ける、外国人らしきビジネスマン。歳の頃は40代前半かしら。鍛え上げられた体にフィットした上質なスーツ、理知的な光を宿す瞳。彼は手元のタブレットに視線を落としながらも、その意識の一部が、明らかに私に向けられている。
その瞬間、首筋の産毛が逆立つような、微かな悪寒が走った。いいえ、違う。これは悪寒じゃない。期待に震える、肌の粟立ち。心臓が、きゅっと掴まれたように一度だけ強く脈打ち、その熱い血液が指の先までをじんと痺れさせる。
ああ、いけない。気づいてしまった。
彼の視線は、私が脚を組み替えるたびに、開いたシャツの隙間から覗くキャミソールの繊細なレースと、柔らかな胸の谷間に、一瞬だけ彷徨っては、慌てて手元に戻っていく。その逡巡が、手に取るように分かってしまうの。
なんてことかしら。私の身体というプロジェクトが、彼の視線というトリガーによって、予期せぬフェーズに移行していく。下腹部の、ずっと奥の方で、小さな熱源が生まれたのが分かった。まるで小さな炭火のように、静かに、けれど確実に熱を放ち始めている。
彼に、このワイドパンツの下がどうなっているかなんて、知る由もない。けれど、想像させることはできるはずよ。
私は、わざとらしく、ゆっくりとした仕草で脚を組み替えてみた。ワイドパンツの滑らかな生地が、太ももの内側を官能的に滑り落ちる。その瞬間、彼の喉が、かすかに動いたのが見えた。
彼の視線が、私の肌を焼く。その熱が、今やキャミソールのレースにまで届いている。シルクの薄い布地の下で、私の乳首が、彼の視線に応えるように、きゅっと硬く尖っていくのが分かる。レースの繊細な刺繍が、敏感になった先端を擦るたびに、脳の芯が痺れるような、甘い疼きが走った。
ああ、ダメ…こんなところで。
下腹部の熱は、もう炭火どころではないわ。子宮のあたりを中心に、どろりとした熱の塊が渦を巻き始めている。そして、その熱に煽られるように、私の秘密の花園が、ゆっくりと目覚めていく。最初は微かな湿り気だったものが、彼の視線が注がれるたびに、まるで蜜を分泌するように、じわり、じわりと量を増していく。
もう一度、脚を組み替える。今度はもっと大胆に。組んだ膝頭が、開いたシャツの裾を少しだけ押し上げた。すると、粘り気を帯びた熱い雫が、ひとつ、花弁を伝ってこぼれ落ちる感覚があった。ワイドパンツの柔らかな生地が、その気配を吸い取ってしまうのがもどかしい。太ももの付け根までが、自分の放つ熱でじっとりと湿っていく錯覚。腰が勝手に浮き上がりそうになるのを、ソファの柔らかさに全身を預けることで、必死に抑え込む。
彼の視線の中で、私はただの女になる。いや、彼の欲望の対象物であるという一点においてのみ存在する、淫乱な痴女になる。見られていること、彼の想像の中で支配されていること、その背徳的な快感が、私の理性を完全に麻痺させていく。
琥珀色の液体に映る自分の口元が、自分でも知らないほど、いやらしく歪んでいることに、もう気づかないふりはできなかった。グラスを持つ指先は、熱を持ち、微かに震えていた。

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