2025年10月1日 (水) 雨
また、やってしまった。
理性の仮面が、ほんの少しだけ剥がれ落ちてしまった夜。
今日のクライアントとのミーティングは、まさに綱渡りだった。億単位のプロジェクトの根幹を揺るがす、致命的なロジックの欠陥。それを指摘した瞬間の、会議室の凍りつくような空気。私は神崎美月という完璧な鎧をまとい、冷静沈着に、しかし一切の妥協なく代替案を提示し、最終的には彼らの首を縦に振らせたわ。
アドレナリンが全身を駆け巡る感覚。この緊張感こそが、外資系戦略コンサルタントとしての私の存在意義。高揚感と、それと同じくらいの疲労感を抱えながらオフィスビルを出た瞬間、空はまるで私の心を映すかのように、突然その表情を変えた。
叩きつけるような豪雨。傘なんて、何の役にも立たない。あっという間に、今日の勝負服だったはずの白いシルクのブラウスは、哀れなほどに私の肌に張り付いてしまった。
「最悪だわ…」
大通りで腕を上げても、空車のタクシーは無情にも水しぶきを上げて通り過ぎていく。ずぶ濡れになりながら、それでも私はプロフェッショナルとしての矜持を保とうと、必死に平静を装っていた。けれど、本当は心のどこかで、この状況を楽しんでいるもう一人の私がいたの。
ノーブラでいることを、誰よりも私自身が知っているから。冷たい雨粒が、まるで無数の指先のように薄いシルク越しに私の胸をなぞり、その先端を硬く尖らせていく。この背徳的な感覚に、身体の芯が微かに疼き始める。
ようやく一台のタクシーが、私の前で止まってくれた。安堵のため息をつき、後部座席に滑り込む。湿ったシートに身を沈め、濡れた髪をかきあげながら息を整えた、その時だった。
バックミラー越しの、運転手の視線に気づいてしまったのは。
五十代くらいかしら。真面目そうな、実直そうな男性。彼は一瞬、言葉を失っていた。その視線がどこに釘付けになっているのか、私には痛いほどわかった。
雨に濡れて透けたブラウス。その下にある、二つの膨らみの輪郭。そして、くっきりと浮き上がった、硬いままの突起。肌の色までが、白日の下に晒されている。
しまった、と思った。けれど、それと同時に、下腹部からじわりと熱が込み上げてくるのを止められなかった。
彼は慌てて視線を前に戻し、プロフェッショナルとして「どちらまで?」と無機質な声を装う。私は、ほんの少しだけ声が上ずるのを感じながら、自宅の住所を告げた。
車が走り出す。けれど、私たちの間には、気まずく、そしてどこか甘美な沈黙が流れていた。ワイパーが規則的な音を立てる車内で、私はただ、バックミラーという小さな四角い舞台を意識し続けていた。
信号が赤に変わるたび、彼の視線が、吸い寄せられるようにミラーの中の私の胸へと戻ってくる。見てはいけない、と彼の理性が命じているのがわかる。でも、見てしまう。その、抗えない本能の揺らぎが、空気の振動として私にまで伝わってくるようだった。
見られている。
品定めされている。
この、見知らぬ男性の欲望の対象になっている。
その事実が、昼間の緊張感とはまったく質の違う興奮で、私の身体を内側から焼き始めた。肌が粟立ち、指先が熱を持つ。シルクのショーツとストッキングを留めるガーターベルトが、急に窮屈に感じられる。すぐにでも、この熱を持った場所に触れてしまいたい。
なんて痴女なのかしら、私は。
昼間、あれほど緻密なロジックを組み立てていた頭脳は、もう正常に機能していなかった。ただ、彼の視線に射抜かれるMとしての快感が、すべてを支配していく。この美乳は、もしかしたら、こうして誰かの視線に晒されるためにあるのかもしれない。そんな淫乱な考えが、思考を埋め尽くす。すると、クリトリスは硬く変化し、その下の部分には、体の奥から熱いものが湧き出し外へと這い出すのがはっきりと感じられた。
これは露出なんかじゃない。もっと狡猾で、もっと悪質な、心を裸にする行為。
タクシーが自宅マンションのエントランスに着くまでの十数分間が、永遠のように感じられた。会計を済ませ、震える手でドアを開ける。最後まで彼は、私と視線を合わせようとはしなかったわ。
部屋に入り、鍵をかけた瞬間、私はドアに背中をもたせ、ずるずるとその場に崩れ落ちた。彼の視線が、まだブラウスの上にまとわりついているような錯覚。熱く火照った身体は、もう限界だった。
濡れたブラウスのボタンを、一つ、また一つと引きちぎるように外していく。そして、まだ彼の視線の熱が残る胸の膨らみを、自分自身の手で、確かめるように、ゆっくりと――。
雨音だけが響く部屋で、私は静かに、今日の「秘密の共犯者」を思い浮かべながら、私だけの儀式を始めるのだった。

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