10月6日 土曜日 天気:快晴
カレンダーに何の予定も書き込まれていない、完璧な休日。
平日の私は、分単位のスケジュールと膨大なデータに埋もれ、神経をすり減らしながらプロジェクトという戦場を駆け抜ける兵士。クライアントの前では常に冷静沈着、一切の隙を見せない「神崎美月」を演じきっているわ。でも、その鎧を脱いだ週末の私は、まるで迷子なのよね。
今日も、目覚めたのは朝の10時。広すぎるキングサイズのベッドで一人、天井を眺めていると、言いようのない虚しさが胸に広がる。この静寂が、平日の激務で麻痺させた何かを、無理やりこじ開けようとしてくる。
…いけない。感傷に浸るのは時間の無駄。ROI(投資対効果)が最も低い行為だわ。
クローゼットを開け、今日の「プロジェクト」のための衣装を選ぶ。手に取ったのは、体に吸い付くようなチャコールグレーのシルクニットのワンピース。一見すれば、シンプルで上品なデザイン。けれど、本当の価値は別のところにある。
下着の引き出しには目もくれない。ブラジャーも、ショーツも、私を縛るだけの余計なレイヤー。素肌の上に直接、滑らかなシルクを纏う。鏡に映る自分の姿に、思わず息をのんだわ。ノーブラの胸は、ニットの薄い生地の上からでも、その柔らかな膨らみと、硬く尖った先端の存在を隠しきれていない。腰からヒップにかけての曲線は、まるで裸体そのもの。下着をつけていないという事実が、ワンピースのシルエットを、より生々しく、官能的に見せている。
これこそが、今日の私のアサインメント。この挑戦的な姿で、私は私自身の価値を確かめに行くの。
向かった先は、六本木のグランドハイアット。ここのティーラウンジは、知的で洗練された空気に満ちていて、平日の私に相応しい場所。でも、今日の私は違う。私は、この静謐な空間に紛れ込んだ、一匹の淫乱な獣。
窓際の席に腰を下ろし、何でもない顔でカミュの『異邦人』を開く。けれど、私の意識は本の世界にはない。全身の皮膚が、まるで高感度のセンサーになったかのように、周囲の視線を拾い集めていた。
案の定、だったわ。斜め向かいに座る、アルマーニのスーツを着こなしたエリート風の男性。最初は、ちらり、と。でも、彼の視線はすぐに、私の体に絡みつくように粘着質になっていった。彼の目が、私の胸の突起を執拗になぞり、腰のくびれを撫で、そして、脚の付け根あたりで逡巡するのが、肌で感じるようにわかった。
「ああ…見られている…」
その視線は、まるで無数の指となって、私の素肌を直接まさぐっているかのよう。羞恥心と、それに反比例して湧き上がる背徳的な興奮で、背筋がぞくぞくと快感に震える。シルクの生地の下で、私の肌は熱を帯び、敏感に粟立っていく。下着のない中心部が、じわりと湿り気を帯びていくのを感じて、私は思わず内腿をきつく合わせたわ。なんてスケベな体なのかしら、私は。
でも、今日の私は、ただ見られるだけのMじゃない。
本から顔を上げ、ゆっくりと彼の方に視線を移す。私の挑戦的な眼差しに、彼は一瞬怯んだように目を逸らした。その瞬間、ゲームの主導権が私に移ったのを確信したわ。
今度は、私の番。
彼の顔から、喉元、そして…テーブルの下へ。彼の視線が私の体を舐め尽くしたように、私も彼の体を視線で暴いていく。仕立ての良いスーツのトラウザーズ。その中央が、さっきまでとは明らかに違う、確かな熱量を持って盛り上がっているのが見て取れた。
布地一枚を隔てた向こう側にある、男性の欲望の形。その雄々しい輪郭に、私の視線は釘付けになった。彼が私の体に感じたのと同じ欲望を、私もまた、彼の体の変化に感じていた。見られている興奮と、見ている興奮。それは、まるで共犯者のように、私たちの間に濃密な緊張の糸を張り巡らせていく。
どれくらいの時間が経ったのかしら。不意に、彼が気まずそうに咳払いを一つして、伝票を掴んで足早に席を立った。その逃げるような背中を見送りながら、私は勝利の美酒に酔うような、甘美な達成感を味わっていた。
でも、体は正直だった。視線だけで煽られた熱は、行き場を失って、私の体の中心で渦を巻いている。このままでは帰れない。この疼きを鎮めなければ、私は「神崎美月」に戻れないわ。
私は冷静を装って席を立ち、ラウンジを出て、パウダールームへと向かった。大理石の冷たい空気が火照った肌に心地いい。一番奥の個室のドアに鍵をかけた瞬間、私は堰を切ったように、壁にずるずると崩れ落ちた。
「はぁ…っ、ぁ…」
浅く腰掛け、震える手でワンピースの裾をたくし上げる。下着のない、あまりにも無防備な体がそこにあった。彼の視線を受けて、すでにそこは濡れそぼっている。なんて淫らな…。
目を閉じれば、すぐにあの光景が蘇る。彼の熱を帯びた視線。そして、スーツの布地を押し上げる、あの確かな欲望の形。
ゆっくりと、自分の指をそこに伸ばす。
最初は、ただ触れるだけ。震える指先が、熱く湿った入り口をなぞるたびに、ビクン、と腰が揺れた。これは私の指。わかっている。でも、私の脳は勝手に、目の前の幻想と現実をすり替え始めていた。
「これは、私の指じゃない…あれよ…さっきの…」
意を決して、指を一本、ゆっくりと滑り込ませる。ぬるりとした生々しい感触と共に、私の内側が押し広げられていく。その瞬間、幻想が現実を喰らい尽くした。これは、彼の硬くて熱い欲望。それが今、私の内壁を優しく、しかし力強くこじ開けているのだわ。
もう一本、指を増やす。現実の指が二本になっただけなのに、幻想の中のそれは、信じられないほどの大きさになって、私の最も感じやすい場所を執拗に擦り上げてくる。
「あっ…ぁん…っ!」
私が指をくの字に折り曲げるたびに、幻想の中の彼が深く、深く、私を突き上げる。私が指を揺らすたびに、彼が獣のように腰を打ち付けてくる。外から聞こえるハイヒールの音や話し声が、この背徳的な行為のスリルを極限まで高めていく。見つかってはいけない。声を出してはいけない。その緊張が、快感を何倍にも増幅させた。
「だめ…もう、どっちが本当かなんて…わからない…っ」
現実の私の指と、幻想の彼の雄々しいそれが、完全に一つになった。彼の視線に貫かれながら、彼の熱で内側から満たされる。視覚と触覚、現実と幻想が入り乱れた倒錯の快感に、もう思考はついていけない。
「んぅ…っ、く…!」
唇を強く噛みしめ、声にならない声を殺す。指の動きを速めると、体の奥で何かが弾ける予感がした。あと少し、あと少しで…。
その瞬間、ビクンッ!と全身が大きく弓なりになった。短い痙攣が波のように何度も押し寄せ、熱い何かが内側から溢れ出すのがわかった。目の前が真っ白になって、私はただ、荒い息を繰り返すことしかできなかった。
しばらくして、ゆっくりと目を開ける。個室の壁にぐったりと寄りかかりながら、乱れた呼吸を整える。鏡に映った自分の顔は、頬を紅潮させ、瞳は潤み、口元はだらしなく開いていた。
なんて、淫乱な顔。
私は、誰かに与えられるのを待つのではなく、自分で自分の欲望をデザインし、完結させてしまったのね。
身なりを完璧に整え、何事もなかったかのように個室を出る。外の冷たい空気が、ようやく私を「神崎美月」へと引き戻してくれた。今日のこの熱と記憶は、また心の奥底に封印する。
次の月曜日、私はまた、完璧なコンサルタントとして戦場に立つのだから。

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