23時47分の絶対服従(アンコンディショナル・サレンダー)
10月16日 深夜
午前0時を回ろうかというのに、私の戦場(オフィス)はまだ眠らない。正確には、私だけが眠れないのだけれど。モニターに映し出される無数のセルとグラフは、まるで私の脳細胞そのもの。クライアントが要求する「完璧」という名の神話を構築するため、私は今日も最後の兵士としてこの無機質な空間に一人取り残されている。
慶應を出て、ハーバードでMBAを取得し、誰もが羨むこのファームに入社した。神崎美月は、常に冷静で、知的で、感情に左右されないプロフェッショナル。それが私の鎧であり、私の価値(バリュー)。けれど、この鋼鉄の鎧が重みを増し、その内側で柔らかな何かが悲鳴を上げ始めるのが、いつもこんな時間。
ふぅ、と漏れたため息が、しんと静まり返ったフロアに溶けていく。高層階の窓の外には、宝石を散りばめたような東京の夜景。あの無数の光の中に、今、どれだけの男女が肌を寄せ合っているのかしら。そんな下世話な思考が頭をよぎった瞬間、私の身体のプロジェクトに、予期せずアサインが告げられた。
…熱い。
ストレスという名の投資(インプット)に対して、身体が勝手にM的なリターンを算出し始めたのだわ。誰もいない。その事実が、背徳的なインセンティブとなって、私の理性のファイヤーウォールをいとも容易く焼き切っていく。
椅子を少し後ろに引き、私はおもむろにブラウスの第二ボタンに指をかけた。シルクのブラウスの下で、指先が素肌に触れる。そのまま滑り込ませ、レースのブラジャーをずらすと、重力に逆らいきれなかった柔らかな膨らみが、解放を喜ぶように掌に収まった。指先で硬く尖り始めた先端を、そっと撫でる。
ガラス張りの会議室が並ぶ、静まり返ったオフィス。その一角で、高級そうなデスクチェアに深く身を沈める一人の女。上質なシルクのブラウスは胸元が大きくはだけ、そこからは豊かな乳房が半分ほど顔を覗かせている。
女の長い指は、その硬くなった乳首を執拗に嬲り、時折漏れる甘い吐息だけが静寂を破る。タイトスカートは乱れ、ガーターベルトに留められたストッキングの黒いラインが覗く太ももの間では、もう片方の手がシルクのショーツを押し下げ、秘密の園へと分け入っている。苦悩と恍惚が入り混じった表情を、PCモニターの冷たい光だけが照らし出している。無機質な空間で繰り広げられる、あまりにも芸術的で、淫らなソロ・パフォーマンス。
ああ、なんてスケベなことをしているのかしら、私。スカートの下でショーツを太ももまで押し下げ、解放された秘密の場所はすでにじっとりと濡れそぼっている。指が、その熱い泉に触れた瞬間だった。
私の脳内に、新しいシナリオが展開され始める。この陶酔の世界のスイッチが、また入ってしまったのだわ。
「…神崎さん? こんな時間に、何をしているんですか」
幻想は、いつも突然に始まる。
声の主は、隣のチームの彼。いつも涼しい顔で、私と同じくらい優秀な男。
「あっ…!」
声にならない悲鳴。はだけたブラウス、ずり下げたショーツ、濡れた泉に触れていた、私の指。最悪の、最高のタイミングで、私の痴女的な行為は完全に見られてしまった。彼は私の姿を値踏みするように、ねっとりと見下ろす。
「すごい格好ですね。ブラウスからは胸がこぼれそうで、スカートの下は…もっとすごいことになってる。指、ぐっしょり濡れてましたけど、そんなに気持ちよかったんですか?」
「ち、違う!これは…その、疲れてて…!見ないで!出ていって!」
私の必死の言い訳を、彼は鼻で笑った。
「疲れてると、そんなにびしょ濡れになるんですか。はだけた胸で、ストッキング丸見えで。どう見ても、男に見て欲しくてやってるとしか思えないな。本当は、スケベなんだろ、神崎さん」
「違うって言ってるでしょ!私はそんな女じゃな…!」
私の言葉を遮り、彼はいやらしい笑みを深める。
「まあまあ、そんなにムキにならなくても。あんたの望み、叶えてやりますよ」
「…望み?」
「そうですよ。指なんかじゃ満足できないから、そんな切ない顔してたんだろ? わかるよ。偽物じゃなくて、本物が欲しいんだよな?」
図星だった。彼の言葉は、私の心の最も柔らかな部分を、的確に抉り出す。羞恥と、心の奥底で否定しきれないM的な興奮に、もう反論する言葉が見つからない。
「しょうがないなあ。あんたがそこまで望むなら、俺のを、その口で味わわせてやるよ。感謝しろよ?」
彼は支配者のように言い放つと、私の目の前でゆっくりと自分のベルトを外した。床に引きずり下ろされるような暴力はない。ただ、私の欲望を見透かされたという絶対的な無力感が、私をその場に縫い付けていた。
彼の硬く猛る熱が、目の前に突き出される。
「ほら、口を開けろよ。お望み通りにしてやるから」
屈辱に震えながらも、私は抗うことができなかった。これは罰なのだ。いやらしい妄想をしていた私への、罰であり…ご褒美。ゆっくりと唇を開くと、熱い塊が喉の奥まで侵入してくる。
「おぇッ…! ぐ…ぅ…」
苦しい。でも、最初に感じた屈辱は、すぐに別の感覚に塗り替えられていった。むせ返るような、鉄と汗が混じった雄の匂い。それは私の理性を麻痺させ、普段は思考の檻に閉じ込めている本能を直接揺さぶるようだった。彼の興奮とともに先端から滲み出る、しょっぱくて、少しだけ甘い液体。屈辱の味のはずなのに、私の舌は、その味をもっと確かめたいと、勝手に蠢き始めていた。
脳の奥で、カチリ、と小さな音がした。
今まで私を支配していた「抵抗」という回路が切れ、代わりに「服従」という名のスイッチが入ってしまったのだわ。嫌悪は倒錯した興味に変わり、屈辱はM的な快感へと姿を変える。
もう、嫌じゃない。むしろ、この雄に支配されたい。
私の舌の動きは、いつの間にか受動的なものから、彼の形を確かめるように、ねっとりと絡みつく能動的なものへと変わっていた。
「…なんだ、上手いじゃないか。本当は好きなんじゃないの? いやらしいスケベ女だな」
彼の罵る言葉が、スイッチが入った私の心に、ご褒美のように染み渡る。興奮が熱となって下腹部に集まる。もう、我慢できない。私は上の口で彼に奉仕しながら、震える指を自分の濡れた秘密の場所へと伸ばしていた。
「んぅ…んんっ…!」
指が泉に触れた瞬間、びくりと身体が跳ねる。上の口と、下の指。二つの快感に、もう思考はめちゃくちゃ。
その私の姿を見て、彼は愉悦に口元を歪めた。
「はっ…最高だな、あんた。上の口で俺のをしゃぶりながら、下の指で自分を慰めてるのか? 見たか、こんな淫乱な女。もう我慢できないんだろ?」
図星だった。彼の言葉に、私の身体は完全に支配された。理性のダムは完全に決壊し、ただ欲望の濁流に身を任せるだけの、ただの雌になっていた。
「立てよ」
命令されるままに立ち上がると、彼は私を軽々と抱え上げ、あのデスクの上に乗せた。そして、私の耳元で囁く。
「さあ、どうして欲しい? あんたの口から言ってみろ」
もう、抵抗なんてできなかった。私は彼に媚びるように体をすり寄せ、自らゆっくりと脚を開いた。
「お願…いします…」
「ん?」
「もう我慢できません…あなたの、その硬くて熱いので…私の中を、いっぱいにしてください…! 私を、めちゃくちゃにしてっ…!」
その言葉が、最後の合図だった。
彼は獣のように、私の懇願に応える。彼の熱い楔が、待ち侘びた私の最も柔らかな場所を、ゆっくりと押し広げていく。
「あぁッ…んぅ…ッ!」
私の内側の柔らかいヒダというヒダが、まるで意思を持った無数の舌のように、彼のものを舐め上げ、絡め取り、その形状を確かめようと蠢いているのがわかる。彼が深く腰を突き入れると、先端の硬い部分が、私のいちばん奥にある子宮の入り口を「コツン」とノックした。
「ひゃっ…!」
背骨から脳天へ、稲妻のような快感が駆け上がる。その強烈な刺激に、私の内部は意思とは無関係に「きゅうううっ」と強く収縮を始めた。彼を逃すまいと、何度も、何度も、激しく締め付ける。
「すごい…神崎さん、あんたの中、勝手に動いてるぞ…!」
彼の驚く声が、さらに私を興奮させる。この締め付けが彼の熱をさらに煽り、彼の動きも獣のように激しくなっていく。肉体がぶつかり合う湿った音と、二人の喘ぎ声だけがオフィスに響き渡る。快感の応酬に、思考は完全に溶けて、ただただ快楽を貪るだけの存在になっていく。
そして、全ての感覚が極限まで高まり、内部の収縮が痙攣へと変わる、その瞬間。
「いっ…くぅぅぅぅッ!!」
彼のものとされる白い奔流が、私の中に注ぎ込まれる幻想。思考は停止し、身体は痙攣し、私はただ、彼に満されるだけの器になった。
ハッと我に返ると、そこは静寂に包まれた深夜のオフィス。もちろん、彼の姿はない。ただ、乱れたブラウスと、太ももにかかったままのショーツ、そして、身体の中心に残る生々しい熱だけが、私の罪を告発していた。
モニターの光が、恍惚と絶望に濡れた私の顔を、無感情に照らし続けている。
私は、なんて女なのかしら。
でも、この背徳的な崩壊がなければ、きっと明日の私も、完璧な「神崎美月」を演じることはできないのだろう。
私はゆっくりと身支度を整え、何事もなかったかのように、再びPCのキーボードに指を置いた。残りのタスクは、あと少し。

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