2025年10月13日 月曜日
夜の闇が、ようやく私を本当の私へと還してくれる。
窓の外には、宝石を乱暴にばら撒いたような東京の夜景。あの無数の灯りの下で、一体どれほどの人間が、私と同じように昼間の仮面を脱ぎ捨て、本性という名の粘液にまみれた獣を解き放っているのかしら。
今日のプレゼンテーションは、我ながら完璧だった。クライアントの重役たちが並ぶ、息の詰まるような会議室。KGI達成に向けたロジックの脆弱性を、私は一分の隙もなく、冷徹な事実とデータで的確に抉り出してみせた。初老の男性役員の、値踏みするような視線。それは私の知性へ向けられたものであると同時に、スーツ越しに隠された肉体の輪郭をなぞるような、粘着質な何かを含んでいた。不快なはずのその視線が、私の背筋をぞくりと粟立たせた理由を、このときの私はまだ知らないふりをしていた。
プロジェクトの勝利を確信し、チームメンバーからの称賛を浴びながらオフィスを出る。けれど、私の心は少しも満たされていなかった。むしろ、極度の緊張から解放された反動で、身体の奥底に澱のように溜まっていた熱い塊が、ゆっくりと融解を始めるのを感じていた。
満員電車に揺られながら、私はある背徳的な事実に気づいて、密かに口元を歪める。今日の私は、この上質なシルクのブラウスとタイトスカートの下に、ブラジャーも、パンティーも、何も身に着けていなかったのだから。ガーターベルトで吊り上げたストッキングが、太腿の柔らかな皮膚に食い込む感触だけが生々しい。誰かが少しでも強くぶつかってきたら、ブラウスのボタンが弾け飛んでしまうかもしれない。スカートが捲れ上がれば、私の全てが露わになる。そのスリルが、乾ききった喉を潤す最初の雫のように、私を内側から湿らせていく。
目黒の自宅マンションに帰り着き、重いオートロックのドアが閉まった瞬間、私はピンヒールを床に脱ぎ捨てた。カツン、と無機質な音が、昼間の私――神崎美月という完璧なコンサルタントの死を告げる鐘の音のように響いた。
(もう一人の神崎の声)
「おかえり、神崎。…いや、違うわね。これからがお前の本番なのだろう? 見てごらんなさい、その顔を。鏡に映るお前は、もはや知性的なキャリアウーマンなどではない。欲望の在り処を探して彷徨う、ただの雌の顔をしているわ。早く、その窮屈なビジネススーツという名の拘束具を解きなさい。お前の肉体が、解放を求めて喘いでいるのが聞こえる…」
その声に導かれるように、私はリビングの大きな姿見の前に立つ。ジャケットを脱ぎ捨て、ブラウスの一番上のボタンに指をかけた。
(肉体の神崎の声)
ああ、だめ…もう、指が震えているわ。昼間、あれほど冷静にキーボードを叩いていた指が、今は自分の身体に触れるだけで熱を持ってしまう。ボタンが一つ、また一つと外れるたび、都会の冷たい空気が私の熱い素肌を撫でていく。この感覚…!
(もう一人の神崎の声)
「そうよ、いいわ。その肌の粟立つ様を、その紅潮していく様を、私によく見せて。シルクの生地が擦れ、硬く尖っていくお前の乳首の形が、くっきりと浮かび上がっている。まるで、誰かに吸われるのを待ち望んでいるかのように。お前は、自分がどれほど淫乱な肉体を持っているか、自覚しているのかしら?」
ブラウスが両肩から滑り落ちる。露わになったのは、誰にも見せたことのない、私の最も無防備な部分。照明を受けて艶めかしく輝く、豊かな双丘。その頂点では、硬化した乳首が挑発的に屹立していた。
(肉体の神崎の声)
恥ずかしい…恥ずかしいのに、見られることで身体の芯が熱くなっていくのが分かる。鏡の中の冷たい視線が、あの役員の粘ついた視線と重なる。もっと、もっと見られたい。蔑むような、それでいて欲に濡れた目で見つめられたい…。私のこの美しい乳房が、ただの肉の塊として、男の支配欲を満たすためだけに存在しているのだと、思い知らされたいのよ。
(もう一人の神崎の声)
「ならば、自分で触れてみせなさい。その指が、クライアントの心を掴んだように、お前の肉体の快感の在り処を探り当てるのよ。まずは、その豊かな膨らみ全体を、慈しむように、しかし所有者として鷲掴みにするの。そうだ、その弾力、その重みを、指の付け根で感じなさい。」
私は言われるがままに、自分の右胸を手のひらで包み込んだ。柔らかく、しかしハリのある感触が、手のひらを通じて脳を痺れさせる。指先が、恐る恐る頂点の突起に触れた。
(肉体の神崎の声)
ひっ…!ああぅ…! だめ、そこは…! 指の腹で軽く転がしただけなのに、腰が砕けそうになる。全身の神経が、この一点に集中していくみたい。もっと、もっと強く…! つまんで、こねて、引っ張って…。お願い、私の理性を壊してちょうだい…!
(もう一人の神崎の声)
「ふふ、可愛い声。その蕩けた目、半開きの唇からこぼれる吐息…最高にスケベな表情よ。さあ、次は下よ。お前が最も欲している場所。そのタイトスカートが、もう限界だと訴えているわ。見てごらんなさい、お前の蜜で濡れた部分だけ、シルクの色が濃く変色している。なんて痴女なのかしら、神崎美月。」
震える手でスカートのジッパーを下ろし、ガーターベルトごと床に落とす。途端に、むわりとした熱気と、甘く熟れた果実のような匂いが立ち上った。私は、自分の脚の間から、こんなにも淫らな匂いが放たれているという事実に、目眩を覚える。
鏡に映る自分の姿は、あまりにも倒錯的だった。上半身は裸、しかし脚には黒いストッキングと、それを留めるためのガーターだけが残されている。そして、その中心にあるべき秘裂は、すでに濡れそぼっていた。
(肉体の神崎の声)
もう我慢できない…。早く、この疼きを鎮めてほしい。でも、誰にも頼めない。2年前に別れた彼では、決して満たしてはくれなかった。私のこのMの願望を、支配されたいという欲望を、彼はきっと軽蔑したでしょうから。
(もう一人の神崎の声)
「ならば、その指で確かめるがいい。お前の中心が、どれほど熱く、どれほど飢えているのかを。一本の指で、その湿った割れ目をなぞりなさい。クリトリスの膨張を確かめ、その硬さを確かめるのよ。ああ、見て。お前の指が沈むたびに、粘度の高い愛液が、きらきらと糸を引いている。まるで蜘蛛の巣ね。獲物を絡め取るための、淫らな罠…。」
私はソファに深く身を沈め、自分の脚を大きく開いた。一番長い中指を、ゆっくりと秘裂へと近づけていく。その指先に、ねっとりとした液体が絡みつく感触。恥ずかしさと興奮で、呼吸がどんどん浅くなる。
(肉体の神崎の声)
あ…ぁん…っ!すごい…こんなに濡れて…。指が、吸い込まれていく…。入り口のあたりをくるくると撫でるだけで、ビクン、ビクンって、身体が勝手に跳ねてしまう。お願い、もう…誰でもいいから、私の中に…硬くて、熱いものを…!
(もう一人の神崎の声)
「誰でもいい、ですって?…違うでしょう。お前が本当に求めているのは、あの男。今日、お前を値踏みするように見ていた、あの支配者の視線。あの男が今ここにいて、お前の知性もプライドも全て踏みにじり、ただの肉便器としてお前を貫くことを、お前は望んでいるのではないの?」
その言葉が、私の最後の理性のタガを外した。
そうだ、あの視線。あの男が、私を支配する…。
もはや、私の指は私の指ではなかった。それは、幻想の中の男自身。硬く、熱く、脈打つ欲望の塊。それがゆっくりと、私の最も敏感な場所へと侵入してくる。
(肉体の神崎の声)
あああッ!あああああああッ!入ってくる…! 私の指なんかじゃない…! もっと太くて、熱くて、硬いものが…! 私の狭い道を無理やりこじ開けて、奥へ、奥へと進んでくる…! 内部のヒダが、その異物の一筋一筋を感じ取って、締め付けて、もっと奥へと引きずり込もうとしている…! やめて、こわさないで…! でも、もっと、一番奥まで…!
(もう一人の神崎の声)
「見なさい、その様を。幻想に貫かれ、腰を振り、嬌声を上げるお前の姿を。もはや思考は停止し、ただ快感を求めるだけの雌に成り下がっている。瞳孔は開き、よだれが口の端から銀色の糸を引いているわ。さあ、もうすぐよ。自己という名の檻が、完全に破壊される瞬間が…!」
幻想の男自身が、私の最奥の壁を強く、深く、何度も突き上げる。その衝撃のたびに、現実の私の身体は大きく痙攣し、締め付け、さらに大量の愛液を溢れさせる。快感と、貫かれる痛みにも似た感覚が、脳髄で混ざり合い、スパークする。
(肉体の神崎の声)
イくッ…! イッてしまううううぅぅぅッ!! あ”あ”あ”あ”あ”ーーーーーッ!!!
思考が真っ白に塗りつぶされる。
私はもう、神崎美月ではない。
ただ、幻想の男に貫かれ、絶頂の波に溺れる、一つの「雌」だった。
長い痙攣が収まった後、私はぐったりとソファに沈み込んでいた。身体中が汗と愛液でべとべとだった。窓の外の夜景が、涙で滲んで揺れている。解放感と、その後に訪れる強烈な虚無感。
鏡の中のもう一人の私が、静かに、そして冷ややかに、私に告げる。
「…それが、お前の本当の姿よ。明日になれば、また完璧なコンサルタントの仮面を被るがいい。でも、忘れないことね。お前の本質は、支配され、欲望に溺れる、ただの痴女なのだということを。」
私は、その言葉に、ただ静かに頷くことしかできなかった。

コメント