10月12日 (日) 午後
降り注ぐ秋の陽光が、西麻布の街路樹を金色に染め上げている。
クライアントとの会食が予想外に早く終わり、次のアポイントメントまで、ぽっかりと二時間もの空白ができてしまった。オフィスに戻るには中途半端で、カフェで時間を潰す気分でもない。そんな時、私の足は自然と、お気に入りの私設美術館へと向いていた。
今日は平日。館内は、まるで時が止まったかのように静かだ。大理石の床に私のハイヒールの音だけが冷たく響き、それがまた心地良い。ここでは、誰も私を「コンサルタントの神崎」としては見ない。ただの一人の鑑賞者として、匿名でいられる。この感覚が、私には必要なの。
企画展のテーマは『官能のフォルム – 近代彫刻における肉体の賛美』。
ブロンズや大理石でかたどられた、神話の神々や英雄たちの肉体。その、あまりにも完璧で、生々しいまでの躍動感に、私はただただ圧倒されていた。鍛え上げられた筋肉の隆起、しなやかに伸びる四肢、苦悩に歪む表情…。それは、単なる芸術作品というより、石や金属に封じ込められた、人間の魂そのもののように見えた。
そして、一番奥の展示室で、私は「彼」に出会ってしまった。
高さ2メートルはあろうかという、純白の大理石から彫り出された、一人の青年の裸体像。ギリシャ神話の英雄を模したその作品は、無駄なものを一切削ぎ落とした、究極の機能美の結晶だった。均整の取れた肩幅、引き締まった腹筋、そして、力強く大地を踏みしめる脚。その全てが、男性という生き物の、最も美しい瞬間を永遠に閉じ込めている。
私は、まるで金縛りにあったかのように、その場から動けなくなった。
美しい。ただ、ひたすらに美しい。
でも、その感情は、すぐに別の、もっと熱く、湿ったものへと変質していった。
*…見なさい、美月。その冷たい石の肌の下に、熱い血が流れているのが見えるようじゃない? その硬い筋肉が、今にも動き出し、君を捕らえに来るかもしれないわ…*
もう一人の私の、悪魔のような囁き。
違う。これは芸術作品。そんな、いやらしい目で見てはいけない。神聖な場所なのよ、ここは。
そう理性が叫ぶ一方で、私の身体は正直だった。スカートの下で、私の中心が、きゅう、と甘く疼き始める。その彫刻の、恥丘に添えられた、無花果の葉の彫刻。その奥にあるであろう、生命の息吹を想像してしまい、喉がカラカラに渇いていく。
展示室には、私以外に老夫婦が一組いるだけ。監視員の女性も、退屈そうに椅子に座っている。
誰も、私を見ていない。
誰も、私の頭の中を渦巻く、こんなにも淫らな妄想に気づくはずがない。
その事実が、私を大胆にさせた。
私は、彫刻から少し離れた、展示室の隅に置かれた革張りのベンチに、ゆっくりと腰を下ろした。ちょうど、その彫刻を真正面から見上げられる位置。
コートのボタンは、外したまま。その下のジャケットも、前を開けておく。今日の私は、勝負の日にしか着けない、繊細なレースで縁取られたシルクのブラウス。でも、その下は…ノーブラ。朝、フィッティングに手間取って、時間がなかったから。その偶然が、今、最高のスパイスになっている。
*…いい度胸じゃない、こんな場所で。その薄いシルク一枚の下で、君の乳首が硬く尖っていくのが、私には透けて見えるわ。あの監視員に気づかれたらどうするつもり? 美術館で自慰に耽る、変態女だって、通報されてしまうかもしれないのよ…?*
そのスリルが、たまらないの。

Mである私の魂が、歓喜の声を上げている。
私は、ハンドバッグを膝の上に置くことで、巧みに死角を作り出した。そして、震える指を、コートの下へと滑り込ませる。ブラウスの、小さな真珠のボタンに指がかかった。一つ、また一つと、それを外していく。
ひやり、とした美術館の空気が、私の谷間に流れ込んできた。その冷たさに、肌が粟立ち、乳首はさらに硬く、小さく尖っていく。まるで、目の前の彫刻に「ここにいるわ」と、無言で合図を送っているみたいに。
*…なんて美しい乳房かしら、美月。君の自慢の美乳が、芸術品に見せつけるように誇示されているわ。その先端は、もう誰かに吸われるのを待ち望んで、赤く色づいているじゃないの。さあ、自分で触ってごらんなさい。この神聖な場所を、君の痴態で汚してあげるのよ…*
私は唾を飲み込み、自分の指先で、硬くなった左の乳首の先端を、そっと撫でた。
「ひっ…!」
息を飲む音。しんと静まり返った空間では、それだけでも大きく響いてしまう。慌てて周囲を見回すが、幸い、誰にも気づかれてはいないようだ。
指の腹で、優しく円を描くように。つまんで、軽くこねるように。それだけの行為なのに、脳が痺れるような快感が、背筋を駆け上がっていく。目の前の彫刻の、あの美しい青年が、その冷たい石の指で、私の胸を愛撫してくれている…そんな妄想に、身体が震えた。
もう、胸だけでは足りない。
もっと、もっと深いところを、この場所で、汚されたい。
今日の私は、パンティストッキングではなく、ガーターベルトでストッキングを吊っている。そして、その下は…何も穿いていない。いつもの、私の痴女としての、ささやかな武装。
ロングスカートが、幸いした。ベンチに深く腰掛け、少しだけ膝を広げれば、誰にも気づかれずに、私の聖域へと指を伸ばすことができる。
私は、ゆっくりと、右手の人差し指をスカートの下へと滑り込ませた。
そこはもう、私の淫乱な妄想によって、ぐっしょりと濡れそぼっていた。指先が触れただけで、ぬるり、とした生温かい感触が伝わってくる。
*…あらあら、すごいことになっているじゃない。まるで湧き水のようね。君は本当にスケベな身体をしているわ。芸術鑑賞に来たはずが、これじゃあ発情期の獣よ。さあ、その指でかき混ぜてごらんなさい。君の蜜の香りを、この展示室に満ちさせるの…*
私は、人差し指で、腫れあがった私の花弁をなぞった。割れ目に沿って、ゆっくりと上下させる。粘度の高い愛液が、指の動きに合わせて、ちゅ、ちゅ、と小さな音を立てた。
恥ずかしい…。でも、気持ちいい…。
硬く膨れ上がったクリトリスに指先が触れた瞬間、ビクンッ、と腰が大きく揺れた。
「んんっ…!」
まずい。声が漏れた。
私は慌てて、空いている左手で自分の口を強く押さえる。監視員の女性が、訝しげにこちらを一瞥した気がした。心臓が、破裂しそうなくらい激しく脈打つ。
もうやめなさい、という理性と、もっと続けて、という本能が、頭の中で激しくせめぎ合う。
でも、一度知ってしまったこの快感とスリルから、もう逃れることはできなかった。
私は、もっと大胆になった。今度は、中指も加えて、二本の指で、私の秘裂を大きくこじ開けるように愛撫し始める。ぬちゃ、ぐちゅ、と、さっきよりも遥かに生々しい水音が、スカートの下で響き渡る。
そして、ついに、一本の指を、ゆっくりと、私の内部へと挿し入れた。
「ひぅぅ…っく…ぁ…」
熱い。自分の内側なのに、まるで他人のものみたいに熱く、ぬめるように指を受け入れていく。壁面が、きゅう、きゅう、と指を締め付け、もっと奥へと誘ってくる。
私は、目の前の彫刻を見上げた。彼の、虚ろな瞳が、私を見下ろしている。
ああ、違う。これは、もうただの指じゃない。
これは、彼の、大理理石でできた、冷たくて硬い、逞しい自身なのだ。
幻想が、現実を喰い尽くしていく。
私の内部に侵入してきた彼のそれは、石のように冷たくて、生命を持たないはずなのに、私の熱でだんだんと温められ、脈打ち始める。
*…そうよ、美月。君の淫らな熱が、無機物に命を吹き込んだの。彼はもう、芸術品じゃない。君を犯すためだけに存在する、一人の雄よ。さあ、全てを受け入れなさい。この神聖な美術館で、石像に孕まされるという、最高の背徳を味わうのよ…*
私は、腰を微かに動かし、彼のそれを、もっと深く、自分から飲み込んでいく。
二本目の指が、ぬるりと挿入される。内部が、ぎちぎちと快感に軋んだ。
「はっ、ぁ…、んっ…、すごい、かたい、のが…おく、まで…っ」
その時、遠くから、コツ、コツ、という足音が聞こえてきた。新しい鑑賞客かしら。まずい、見られる…!
その恐怖が、絶頂への最後の引き金となった。
「あっ、だめ、きちゃう…!いぐ、いぐううううううううううっ!」
口を塞いだ左手の隙間から、くぐもった喘ぎ声が漏れる。
幻想の彼が、私の腰を掴んで、一気にその猛りを最奥まで突き上げた。
ビクンッ、ビクンッ、ビクンッ!
全身が激しく痙攣し、思考が真っ白に弾け飛んだ。熱い洪水が、何度も、何度も、私の内側から溢れ出し、私の指を、スカートの内側を、そして、この由緒ある美術館の革張りのベンチを、微かに汚していく。
「はっ…はぁっ…はぁっ…っ…」

長い、長い絶頂の波が引いていくと、私の耳に、すぐ近くで囁き声が聞こえた。
さっきの、老夫婦だった。彼らは、私のすぐ隣にある絵画を、仲睦まじく鑑賞している。私の痴態には、全く気づいていない。
私は、何事もなかったかのように、ゆっくりとスカートの中から指を引き抜いた。そして、乱れた服装を直し、ハンドバッグのハンカチで濡れた指先と、ベンチの微かな染みを、誰にも気づかれないように拭き取った。
すっと立ち上がり、もう一度、あの彫刻を見上げる。
彼は、相変わらず、ただ静かにそこに佇んでいるだけだった。
私は、完璧な淑女の微笑みを浮かべ、ゆっくりと踵を返し、その展示室を後にした。
誰も知らない。
あの静謐な空間で、一人の女が、石像を相手に、淫らな快楽に溺れていたなんて。
この秘密が、また一つ、私の肌に深く刻まれた。

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