10月12日 (日) 深夜
外は、もうとっくに終電の時間を過ぎている。
眼下に広がる東京の夜景は、まるで宝石を敷き詰めたビロードのようだわ。数時間前まで、この会議室で繰り広げられていた激論が嘘のように、今は静寂だけが支配している。大型の国際プロジェクトが、ようやく今日、最終承認のサインをもって妥結した。チームのメンバーたちは、高揚した顔で祝杯をあげに繰り出していったけれど、私は一人、この余韻に浸っていたかった。
リーダーとして完璧な成果を出すこと。それが私の存在意義。そのために全てを犠牲にしてきた。プライベートも、恋も、そして女としての潤いさえも。でも、こうして全てが終わった瞬間、アドレナリンの奔流が引いていくと、身体の芯にぽっかりと穴が空いたような、奇妙な虚しさが私を襲うの。
「ご苦労さま、神崎美月」
不意に、誰もいないはずの部屋に声が響いた。違う。声じゃない。ガラス張りの壁面に映る、もう一人の私の、冷ややかな視線。寸分の隙もなく着こなしたディオールのアンスラサイトグレーのスーツ。夜会巻きにした髪。ハーバードで叩き込まれたロジックと、この手で掴み取ってきた成功だけが鎧。それが、社会的な仮面をつけた「私」の姿。
でも、その完璧な女の瞳の奥が、今は怪しく揺らめいている。
*…見なさい、美月。その虚ろな目は何を求めているの? 勝利の美酒? それとも、もっと原始的で、満たされることのない渇きかしら…?*
もう一人の私が、私に囁きかける。その通りよ。この胸の奥深く、ずっと飼い慣らしてきた獣が、檻を叩いている。プロジェクトの重圧から解放された反動で、今夜は特に、その衝動が激しいの。
帰り支度をしようとデスクに戻った、その時だった。ふと、一本の万年筆が目に留まった。今日の契約で、クライアントのCEOがサインに使っていた、モンブランの『マイスターシュテュック』。重厚なブラックレジンのボディに、プラチナ装飾の輝き。知性と権力の象徴。あまりの美しさに、記念にと無理を言って譲ってもらったもの。
その冷たく、滑らかな感触が指先に伝わった瞬間、脳内に電流が走った。
いけない。いけないわ、こんなこと。これは、私のプロフェッショナルとしての戦利品。それを、そんな、いやらしい目で見ては…。
*…あら、正直になりなさいな。その硬質で、堂々としたフォルム。指に吸い付くような重み。何かに、似ていると思わない? 昼間の貴女が必死に論破した、あの傲岸不遜な男の、自信に満ちた屹立した「何か」に…*
鏡の中の私が、挑発的に笑う。やめて。そんな下品なことを言わないで。私は神崎美月。常に冷静で、知的で…。
ああ、でも、だめ。指が、勝手に万年筆を弄んでいる。キャップを抜き、ペン先を眺める。18金のペン先は、まるで濡れたように鈍い光を放っている。このペン先が、何百万ドルもの数字を動かす契約書の上を走ったのよ。それが今、私の手の中で、別の役割を求めている…。
私は、まるで何かに憑かれたように、おもむろにジャケットのボタンに指をかけた。一つ、また一つと外していく。現れたのは、シルクのブラウス。その上質な生地越しに、硬く尖っていく乳首の感触がはっきりとわかる。
*…そうよ、その顔。昼間のポーカーフェイスが崩れて、だらしなく蕩けていく。もっと見せてごらんなさい、君という痴女の本性を。このオフィスは、君の聖域であり、今宵限りの祭壇なのだから…*
もう、理性の声は遠い。私はブラウスのボタンも乱暴に引き千切るように外し、純白のレースで縁取られたブラジャーを露わにした。Fカップの豊かな膨らみは、もう自分のものではないみたいに熱く、張り詰めている。
万年筆の、ひんやりとしたキャップの方を、そっとブラジャーのカップの上から右の乳房に当ててみた。
「ひゃぅっ…!」
思わず、甘い声が漏れた。シルク越しに伝わる金属の冷たさと硬さが、熱を持った肌を粟立たせる。そのまま、ゆっくりと円を描くように転がしていく。なんて背徳的なんでしょう。知性の象徴であるこの道具で、こんな淫らなことをしているなんて。見られたら、私のキャリアは全て終わる。そのスリルが、たまらない。

カップの中に指を滑り込ませ、むっちりと盛り上がった乳房をむき出しにする。すでに硬く尖った先端は、充血して小豆のように色づいていた。そこに、万年筆の本体を、今度は直接押し当てる。
「んぅぅっ…つめた…っ、ぁ…」
さっきよりも直接的な冷たさに、背筋が震えた。硬いペン先で、乳輪をなぞるように、くすぐるように刺激する。つまんだり、こねたりするのとは全く違う、無機質で的確な刺激。まるで精密機械で、私の身体の最も敏感な一点をテストされているみたい。
*…いいわ、美月。その表情。羞恥と快感に歪んで、瞳孔が開ききっている。涎が、唇の端からこぼれていますよ。まるで発情した雌じゃないの。さあ、このインクの匂いを嗅いでごらんなさい。男たちの野心と欲望が染みついた、濃厚な香りよ…*
言われるがまま、ペン先を鼻先に近づける。ツンと鼻を突く、インクの知的で、それでいて官能的な香り。その匂いを吸い込むだけで、脳の奥が痺れて、腰が砕けそうになる。
もう、我慢できない。私は椅子から立ち上がると、タイトスカートのジッパーに手をかけた。抵抗なく滑り落ちるスカート。現れたのは、ガーターベルトで吊られた、艶めかしいストッキングに包まれた脚。パンティーは、もちろん穿いていない。屋外での痴態に備えて、いつもそうなのだから。今日の私は、上質なシルクのスキャンティーを一枚、身に着けているだけ。
その中央部分は、もう私の淫らな妄想でぐっしょりと濡れそぼっていた。生地の上から指でなぞるだけで、ぬるりとした感触が伝わってくる。
*…あらあら、すごいことになっているじゃない。どれだけ欲求不満だったのかしら、このスケベな身体は。君の知性が作り出す妄想は、どんな媚薬よりも強力なのね。さあ、見せてごらんなさい。その純白のシルクが、君の愛蜜でどう汚されていくのかを…*
私は震える手で、万年筆のキャップをスキャンティーの濡れた部分に押し当てた。冷たい感触と、布地を通して伝わる粘り気のある水分。そのまま、膨れ上がった私の秘裂のラインに沿って、ゆっくりと上下させる。
「あ…ぁっ、んん…っ!すごい、こんなので…っ」
じゅく、じゅく、と水音が立つ。薄いシルク一枚を隔てただけの刺激は、あまりにも直接的で、私の思考を奪っていく。特に、硬く膨張したクリトリスの部分を、キャップの先端でぐりぐりと押し付けられると、ビクン、と腰が大きく跳ねてしまった。
もう限界。早く、この中を見たい。見られたい。私はスキャンティーのクロッチを指で横にずらした。途端に、解放された熱い肉が、ぬるりと外気に晒される。恥ずかしい…。でも、見たい。
デスクライトを股間に近づける。光に照らし出されたそこは、赤く腫れあがり、恥ずかしいくらい濡れていた。割れ目の入り口からは、透明な糸がキラキラと光を反射しながら、ゆっくりと垂れている。
「なんて…淫乱な、からだ…」
自分の口から漏れた言葉に、自分で興奮する。私はMなの。こうやって自分の汚れた姿を認識させられるのが、たまらなく好きなの。
そして、いよいよ、万年筆の本体を、その濡れた入り口へと持っていく。ペン先ではなく、滑らかで丸みを帯びた尻軸の方を。
「んっ…くぅ…」
冷たくて硬いそれが、私の熱い粘膜に触れた瞬間、身体の奥がキューンと締め付けられた。まるで、拒絶と懇願を同時にしているみたいに。
*…どうしたの、美月。怖いの? でも、君はこれが欲しいのでしょう? 昼間の君が打ち負かした男たちの象徴。その硬いペンで、君の知性(ロゴス)ではなく、君の子宮(パトス)に、契約のサインを刻んでほしいんじゃないの…?*
その言葉が、最後の引き金になった。
ああ、そうよ。私は犯されたいの。支配されたいの。この知性もプライドも、何もかもぐちゃぐちゃにされるような、絶対的な力に貫かれたい。
私は意を決して、腰を少しだけ沈めた。ぬるり、と万年筆の先端が、数ミリだけ私の身体の中へと侵入する。
「ひっ…!あ、あああああっ!」
信じられない感覚だった。普段の指とは全く違う、異物感。硬くて、冷たくて、でも滑らかで、私の内部の襞が、それに絡みつくように蠢くのがわかる。
もっと、もっと欲しい。
一ミリ、また一ミリと、自分から腰を動かして、万年筆を飲み込んでいく。内部はもう、快感で痙攣を始めていた。締め付けては、ぬるりと滑り込ませる。その繰り返し。
「ふっ、ぁ…は、ぁっ…おく、が…熱い、のぉ…っ」
半分ほど入ったところで、動きを止める。そして、ゆっくりと抜き差しを始めた。私の愛液が潤滑剤となって、ちゅぷ、ちゅぷ、と生々しい水音を立てる。その音が、この静まり返ったオフィスに響き渡る。なんて恥ずかしい。なんて、興奮する光景でしょう。
*…上手よ、美月。その腰つき、まるで娼婦のよう。鏡を見てごらんなさい。スーツの上着をはだけさせ、ブラジャーから美乳をこぼし、ストッキング姿で脚を開き、万年筆で自慰に耽るエリートコンサルタントの姿を。最高の痴女じゃないの…*
私は恍惚の表情で、ガラスに映る自分を見つめる。ああ、なんてみだらなんだろう。私、本当にスケベなのね…。
その時、ふいに万年筆が、ただのモノではなくなった。
それは、今日の会議で私と激しく論戦を交わした、あの男の、熱く脈打つ自身へと変わっていた。幻想が、現実を侵食していく。
「あ…っ、だめ、あなたの…そんな、硬いのが…!」
万年筆の冷たさは、彼の肉体の熱へと変わり、無機質な硬さは、血管が浮き立つような生々しい硬さへと上書きされる。私の内部で、彼のものが脈打っているのが、はっきりと感じられる。
*…さあ、クライマックスよ、美月。理性を手放しなさい。君はもう、神崎美月じゃない。ただ、欲望のままに身を委ねる、純粋な「雌」になるのよ…*
幻想の彼が、私の腰を掴んで、一気にその猛りを最奥まで突き上げた。
「いっ…!あああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
Gスポットが、彼の硬い先端に、的確に、そして無慈悲に抉られる。思考が真っ白に染まり、全身の筋肉が硬直する。内部が、ありえないほど強く、彼のものを締め上げた。
「だめっ、いく、いっちゃうううううううっ!!!」
ビクンッ、ビクンッ!と、身体が大きく波打つ。快感の稲妻が脳天から爪先まで駆け巡り、私はもう、自分が誰で、どこにいるのかも分からなくなった。熱い奔流が、何度も、何度も、私の内側から溢れ出し、万年筆を、私の手を、そして太ももを汚していく。
「はっ…はぁっ、はぁっ…ぁ…ぁ…」
長い、長い痙攣の後、私はデスクに突っ伏した。静寂が戻ったオフィス。手には、私の愛液でぬるぬるになった一本の万年筆。
私は、それをゆっくりと身体から引き抜いた。そして、そのペン先を、日記帳の上へと滑らせる。
インクの黒に、私の「蜜」が混じって、今夜の告白が、紙の上へと刻まれていく。
私の知らない、本当の私が、ここにいる。

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