2025年9月29日 月曜日
秋の夜風が、窓の隙間から微かに忍び込んでくる。今日は珍しく、重たいタスクリストに追われることもなく、まだ空に藍色が残るうちにオフィスを後にすることができた。いつもならネオンが滲むタクシーの車窓から眺めるだけの景色が、今日はやけに鮮明に目に映る。
シャワーを浴び、きつく結い上げていた髪をほどくと、昼間の私―――クライアントの前で完璧なロジックを展開し、一分の隙も見せない「神崎美月」という鎧が、湯気と共に剥がれ落ちていくのを感じるわ。シルクのガウンを素肌に滑らせ、冷えた白ワインをグラスに注ぐ。この瞬間こそが、私にとって唯一、本当の自分に戻れる聖域なの。
ソファに深く身を沈め、動画を見るべくタブレットの冷たい感触を指先で確かめる。ブックマークされた、秘密の扉。今日の私を待っていたのは、静かで、しかし狂おしいほどに倒錯した情景だった。
画面の中の彼女は、私と同じくらいの歳かしら。上質なオフィスを思わせる部屋で、一人の男性に目隠しをされている。その黒い布が視界を奪った瞬間、私の背筋にぞくりと甘い疼きが走った。わかるわ。五感の一つが遮断されることで、他の感覚がどれほど鋭敏になるのかを。触覚が、聴覚が、嗅覚が、未知の刺激を求めて肌の表面でざわめき立つの。
男は、彼女が身に着けていたであろうネクタイで、その華奢な手首を頭上で縛り上げた。ビジネスという戦場で男たちと渡り合うための象徴が、いとも容易く支配の道具へと変わる背徳感。抵抗できない無力な姿が、私の奥底に眠る被虐の願望を静かに揺り起こす。
男の指が、ブラウス越しに彼女の身体を優しくなぞり始める。どこに触れられるか分からない恐怖と期待が入り混じった、甘美な地獄。肩から腕へ、そして脇腹をくすぐるように滑り、胸の膨らみには触れずに通り過ぎていく。焦らされている。それは、重要なプレゼンテーションで核心部分を最後まで取っておく、あの感覚に似ているのかもしれない。クライアントの期待値を最大化させるための、計算され尽くした演出。そして、その戦略にまんまとハマってしまう自分が、たまらなく悔しくて、愛おしい。
私も、ソファの上で同じように身じろぎしてしまう。想像するだけで、下着の中がじわりと熱を帯びてくるのがわかる。これはもう、ただの傍観ではないわ。画面の中の彼女は、私自身。私が演じることを許されない、もう一人の痴女的な私なのよ。
やがて男は、ブラウスのボタンを一つ、また一つと外していく。レースのブラジャーが露わになり、それを悪戯にずり上げて、硬く尖った蕾を舌で嬲り始めた。
「あっ……!」
思わず、私の唇から声が漏れた。画面の彼女も、きっと同じような喘ぎを漏らしているはず。こんなことをされたら、耐えられるわけがない。プライドも、理性も、何もかも捨てて、快楽に身を委ねるしかないじゃない。腰が勝手に動き出す。シーツに身体を擦り付け、もっと、もっとと強請るように。
服が次々と剥がされていき、彼女はパンティー一枚の姿にされる。男の指は、執拗なまでに全身を愛撫し続けるけれど、決して最後の楽園には触れようとしない。敏感な乳首を弾き、太ももの内側をなぞり、そしてまた離れていく。その残酷な優しさに、彼女は脚をすり合わせ、獣のように腰をくねらせている。半開きの口元から零れる銀の糸。その姿は、あまりにも淫乱で、そして神々しいほどに美しいわ。私も、同じ。もう、自分の指では物足りなくなってしまっていた。
男の指が、ついに彼女の潤んだ中心へとたどり着く。けれど、紺色のシルクのパンティーの上から。その薄い布の上を、縦にゆっくりとなぞるだけ。それだけなのに、彼女はビクンと大きく身体を跳ねさせる。わかる。布一枚隔てているからこそ、想像力が増幅され、快感が何倍にも膨れ上がるのよ。パンティーはもう、彼女の愛液でぐっしょりと濡れ、濃紺の色を変えてしまっている。
「すごいね、こんなに……」
画面の中の男が、その濡れた部分を指で掬い、粘り気のある糸を引いて見せる。その液体を、今度は彼女の乳首に塗りたくる。なんて、屈辱的で、官能的な光景なの。自分の体から溢れたもので、自分の体を慰められる。彼女はもう半狂乱だわ。不自由な両腕をもがき、何かを訴えている。
「お願い……とって……」
「お願いって、何のお願いだよ?」
男の冷たく、しかし嗜虐的な喜びに満ちた声が響く。
「はっきり言えよ。何が欲しいんだ?どうして欲しいんだ?」
ああ、ダメ。そんなことを言われたら、私の中の「痴女」が完全に目覚めてしまう。プライドの高い私が、言葉で屈服させられることへの、抗いがたい興奮。
彼女は、ついに耐えきれずに、喘ぎながら、途切れ途切れに、自分の欲望を露骨な言葉で告白させられてしまう。それを二度も繰り返させられた後、やっと願いは叶えられた。
その瞬間、私も自分を解放した。
先日届いたばかりの、ガラス細工のように美しいディルド。それを手に取り、スイッチを入れる。静かな振動が、私の濡れた中心を震わせた。動画の彼女と、現実の私が完全にシンクロする。彼のものが彼女の奥深くへと突き入れられるのと同時に、私のディルドもまた、私の一番奥を激しく揺さぶった。
「んっ……ぁ、あぁっ……!」
画面の中から聞こえる声と、私の喉から迸る声が重なる。彼女の身体から白い飛沫が飛び散るように、私の内部からも熱い愛液がとめどなく溢れ出てくる。ディルドはもう、私のいやらしい蜜でぬるぬるに滑り、完全に一体化してしまった。
「いっちゃう、いっちゃうから……!」
彼女が叫ぶのと同じタイミングで、私も叫んでいた。視界が真っ白に弾け、快感の波が全身を駆け巡る。何度も、何度も、波は寄せては返し、私の意識を官能の彼方へと攫っていく。
……どれくらいの時間が経ったのかしら。
ふと意識が浮上したとき、タブレットの画面は黒く、部屋は静寂に包まれていた。私はいつの間にか、ガウンも脱ぎ捨てて裸のまま、ベッドの上で眠ってしまっていたらしい。手にはまだ、ディルドが握られている。シーツには、私の狂乱の跡が生々しく残っていた。
なんて無様な姿なの、神崎美月。
自嘲の笑みが浮かぶ。けれど、不思議と心は凪いでいた。明日になればまた、私は完璧なコンサルタントの仮面を被る。誰にもこの姿を知られることなく、知的で、冷静な私を演じきる。
この夜の秘密だけが、壊れそうな私を、かろうじて繋ぎとめてくれているのだから。
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