10月21日 (火) 曇天、私の心は欲望の梅雨
あの夜から数日。私の日常は、表面上、何一つ変わらなかった。朝はメイクを整え、スーツに身を包み、知性という名の鎧を着て法廷へ向かう。相手方の準備書面の矛盾を三つ見つけ、年上の弁護士を相手に一歩も引かずに期日を終える。誰もが私を「鉄の女」と呼ぶ。
けれど、その内側は、熱で腐りかけていた。
どんな勝訴も、もう私の渇きを満たしてはくれない。私は、タツヤからの次の連絡だけを待っていた。
その連絡は、月曜の深夜、私が一人、薄暗い部屋でウイスキーを舐めていたときに届いた。
『次は、どこでされたい?』
短いメッセージ。その一文が、私の頭を占領した。どこで? どこでなら、私はもっと壊れられる?
『言え』と、頭の中の観察者が命じる。『お前が本当は何を望んでいるのか。その指で打ち明けろ』
私は、震える指で打ち込んだ。送信ボタンを押すまでに、五分はかかったと思う。
『…満員電車の中で。知らない人たちに囲まれながら、あなたに痴漢されたい』
送ってから、一行だけ足した。
『でも、本物の電車ではしない。何も知らない人を、私たちの遊びに巻き込みたくないから』
返信は、すぐに来た。
『さすが弁護士先生だ。いいだろう。最高の舞台を用意してやる』
電車のセット
翌々日の朝。タツヤから届いたのは、住所と、詳細な「指示書」だった。
住所は、湾岸の倉庫街にある撮影スタジオ。ドラマや映画の撮影に使われる、通勤電車の車内をまるごと再現したセットがある場所だった。そこを、彼は午前中だけ借りていた。
そして、車内を埋める「乗客」として、エキストラを二十人。全員が、今日の撮影の中身を事前に聞いたうえで、承諾した大人たち。台本はない。ただ、満員電車の乗客として立っていること。私たちに触れないこと。それだけが条件だった。
私は、指示書のとおりにクローゼットを開けた。肌の色が透けそうな薄いシルクのブラウス。一歩ごとに尻の形を描き出すタイトスカート。ショーツは穿かずに、ストッキングをガーターで吊る。中心だけが無防備な、その状態が、羞恥を極限まで煽り、同時に、そこをじわりと湿らせていく。
午前八時十五分。スタジオの重い扉を開けると、見慣れた通勤電車の車内が、照明の下に浮かび上がっていた。くたびれた座席。中吊り広告。窓の外には、品川の朝のホームの映像。そして、無表情に吊り革を握る、二十人の通勤客。
本物にしか見えなかった。本物ではないと知っているのは、私の頭だけだった。

人の波に押されて、私はドア際へ。背中を壁につけた瞬間、耳のイヤホンが震えた。
「…聞こえるか、美月」
彼の低い声が、鼓膜を直接震わせる。私は声を出せず、小さくうなずいた。
「俺は今、お前のすぐ後ろにいる。絶対に、振り返るな」
群衆の中で
「周りを見てみろ。お前のことを見ている男が、何人もいるぞ。その薄いブラウスの下で、乳首の形が浮き出ているのに、気づいているんだろうな」
視線を動かすと、確かに、何人かの男の目が、私の胸元に落ちていた。見るだけ。触れない。それが、彼らの承諾した条件。だからこそ、その視線は遠慮なく、私の上を這っていく。

『見ろ。お前はもはや、ただの肉だ。知性も経歴も関係ない。男たちの欲望の対象として、ここに立っている』
観察者の声が、羞恥を抉る。
尻に、硬いものが、ぐり、と押しつけられた。
「ひっ…!」
「声を出すな」と、イヤホンから。「俺のだ。お前の尻に、挨拶してるんだよ」
スカートの薄い生地一枚を隔てて、彼の熱く硬くなったものが、肉にめり込む。その存在感に、膝が震えた。
止めたいときは、イヤホンのマイクに向かって、一言「カット」と言う。それが、私が出した、たった一つの条件だった。言えば、彼も、二十人の乗客も、照明さえ止まる。
私は、言わなかった。
彼の手が、腰に回る。最初は支えるように優しく。それから指先が、タイトスカートの裾を探り当てた。
「…さあ、ショーの始まりだ」
指が、スカートとストッキングのわずかな隙間から、太腿の内側へ。ひやりとした指先が、火照った素肌を撫で上げる。
「んっ…くぅ…」
必死に声を殺し、目の前の窓を見つめる。映っているのは、羞恥と、抗いがたい快感に歪んだ、知らない女の顔だった。
指は、さらに奥へ。ショーツという最後の砦がない場所。すでにあふれているそこを、直接、撫でた。
「ぁ…っ」
喉の奥で、声が痙攣する。
見ている人たちの前で
「すごいな、お前のナカの動き…。生き物みたいだぜ」
彼は、いちばん敏感な場所を探り当て、そこを、執拗に、ぐり、ぐりと押しはじめた。
周りの乗客は、誰も動かない。表情も変えない。ただ、見ている。二十人分の、知らない視線。その中で、私の身体だけが、勝手に熱を上げていく。
「あっ…! あ、そこ、だめぇ…っ! いっちゃう、から…! みんな、見てるのに…!」
「いいや、いけ。この満員電車の中で、俺の指だけで、声を上げずにいってみろ」
「カット」と言えば、全部止まる。その一言を舌の上に置いたまま、私は窓に額を押しつけた。
指が、最後の一押しを、奥へ与えた。
身体が、弓なりに反った。声は出せない。喉の奥で、くぐもった嗚咽が迸る。足先から頭のてっぺんまで、熱い線が駆け抜けていく。内側が、ありえないほど強く収縮して、彼の指を締め上げた。
痙攣の余韻で震える私を、タツヤの腕が、倒れないように支えていた。
『…どうだ? 夢は、叶ったか?』
観察者の声が、遠くで聞こえる。
録音のアナウンスが流れ、ドアが開く。タツヤは、私の耳元で囁いた。
「最高だったぜ、痴女。お前のナカ、俺ので、ぐちゃぐちゃにしたくなった」
そして彼は、乗客の波の中へ消えていった。エキストラたちは、誰一人、私を振り返らなかった。最後まで、条件どおりに。
一人残された私は、まだ震える足で、セットのホームに降り立った。太腿の内側を、自分の放ったものが伝っていく。
本物の満員電車では、こうはいかない。あそこにいる人たちは、誰も承諾していないから。それでも、身体は、本物と同じだけ熱くなった。いいえ、それ以上に。
スマートフォンが震える。
『次は、お前のオフィスでやろうか』
私は、その文字を見つめながら、ただ、小さく笑った。
この夜の続きを、貴方も体験する…。
昼の私と夜の私の物語は、連載『痴女弁護士・神崎美月』で続いています。新しい話のお知らせと、ここでしか読めない番外編は、メールマガジンでお届けします。








