深夜のオフィス、問題なしの報告書
カチ、カチ、カチ…。
深夜二時を回った事務所に響くのは、私のキーボードの音だけ。
明朝、依頼人に出す意見書。依頼人は、築十二年のオフィスビルを持つ不動産会社。テナントから「外壁と天井に欠陥がある」と損害賠償を求められている。私の仕事は、その欠陥が、法的に責任を負うほどのものではないと書くこと。
ロジックの穴は無いか。証拠は揃っているか。相手方の反論は想定内か。
「…ふぅ」
ようやく、最後の段落を打ち終えた。結論は、「本件建物に、契約の内容に適合しない重大な欠陥は認められない」。
張りつめていた糸が、ぷつりと切れる。冷えきったフロアとは裏腹に、鈍い熱が下腹から込み上げてくる。ストレスが頂点に来ると、私の身体はいつもこう。昼の私が疲れきった隙に、夜の私が、ぬるりと顔を出す。
そういえば今夜は、深夜に空調設備の修繕工事が入ると、総務からメールが来ていた。
フロアの奥で、脚立のきしむ音がした。
壁を叩く音
「……お姉さん、まだいたのか」
振り向くと、ヘルメットに作業着の男が三人、会議室の天井の点検口を開けていた。リーダー格の男は、五十がらみ。日に焼けた、分厚い手をしている。
「ごめんなさい、邪魔ならすぐ帰ります」
「いや、いい。ただ……」
男は脚立を降り、会議室の壁を、拳の関節で、こん、こん、と叩いて回った。三か所目で、手が止まった。もう一度叩く。音が、違った。
「……ここ、浮いてるな。中の下地と、表のボードが離れてる。天井裏のダクトの結露が、何年も壁の中に回ってたんだ。ほら、天井のボードの、あの薄い輪じみ。あれがその証拠だよ」
私は、思わず立ち上がって、彼の指さした天井を見上げた。言われなければ、ただの照明の影にしか見えない染みだった。
「それと、このビル。外壁のタイルの目地から、茶色い筋が垂れてるの、見たことあるか」
「……あります。朝、通るたびに」
「錆汁だ。中の鉄筋が錆びて、膨らんで、コンクリートを内側から割ってる。そのうち、角のほうからぼろっと剥がれる。爆裂ってやつだ。施工のときに、鉄筋の上のコンクリートの厚みが足りなかったんだろう」
男は、私のデスクの上の、印刷したばかりの意見書にちらりと目をやった。表紙に、ビルの名前が書いてある。
「……エリート弁護士さん。まさか、こんな建物を問題なしとか、報告書に書くんじゃないだろうなぁ」
息が止まった。
畑違い。私は条文と判例なら誰にも負けない。でも、この人は、壁を叩いた音一つで、私が三週間かけて書いた結論の前提を、根元から崩してみせた。証拠を、私よりも先に、正確に読んでいる。
(……そうなの)
それしか、思い浮かばなかった。そして、そう思った瞬間、下腹の奥で、何かがかちりと音を立てた。
熟練の目
「……もう少し、教えてください。どこを見れば、それが分かるのか」
男は、少し意外そうな顔をした。それから、残りの二人に顎をしゃくって、私を会議室の中へ招き入れた。
壁の叩き方。音の高さの違い。天井ボードの染みの形で、水がどこから回ってきたか分かること。外壁の錆汁の筋の長さで、中の鉄筋がどれだけ錆びているか見当がつくこと。
彼の説明は、無駄がなかった。法廷の鑑定人より、ずっと正確だった。聞けば聞くほど、私の意見書の結論が、ぐらぐらと揺れていく。そして、揺れるほどに、身体の奥が熱くなっていく。
私は、自分の手が、ブラウスの一番上のボタンに触れているのに気づいた。
「……お姉さん、顔が赤いぞ」
「ええ」
私は、隠さなかった。
「あなたの話を聞いていたら、こうなりました。……こういう女は、お嫌いですか」
三人が、顔を見合わせた。リーダーの男が、ゆっくりと私を見た。さっき壁を見ていたのと、同じ目で。
「嫌いじゃない。でも、あんたが本気かどうか、まだ分からねえ」
「本気です」
私は、ブラウスのボタンを、自分で一つずつ外していった。小さな真珠のボタン。胸の谷間を覆うレースが、作業灯の光の下に現れる。
「三人とも、この会議室に残ってください。他の作業は、あとで。……嫌なら、帰っていい。誰にも言わないし、工事の評価にも、何も関係ありません」
若い一人が、ごくりと喉を鳴らした。
「……俺は、残る」
「俺もだ」
リーダーの男は、黙って会議室のドアを閉め、内側から鍵をかけた。その音が、私には、判決の言い渡しより重く響いた。
会議テーブルの上で

「……テーブルの上に、乗ってもいいか、とは聞かないのか」
自分で言っておいて、声が震えた。
「乗れ、と言ってほしいんだろう」
「……ええ」
「乗れ」
私は、自分で会議テーブルの上に上がり、仰向けになった。冷たい天板が、背中に触れる。頭の上には、さっき彼が見つけた、天井の薄い輪じみがあった。
三人が、テーブルを囲む。作業着の油の匂い。汗の匂い。
「すごい身体だな、お姉さん」
一人が、ブラジャーのカップを押し下げた。汗と油で黒ずんだ指先が、硬く尖った先端を摘み、こりこりと転がす。
「んんっ……! あ……っ」
「こっちも、いいか」
別の男が、ストッキングの縁に指をかけて、聞いた。
「……破いて。そのほうが、いい」
ナイロンが裂ける音。濡れたレースが、膝まで引き下ろされる。
「うわ……もう、びしょ濡れじゃねえか」
それから三人は、獲物を分け合うように、私の身体じゅうに口をつけた。一人は耳たぶを。一人は尖った先端を。そしてリーダーの男は、私の脚のあいだに屈み込み、濡れた裂け目に、舌を這わせた。
「ひぃっ……!」
壁を叩いて、音の違いを聞き分けた舌のような、あの正確さで。いちばん敏感な尖りを探し当て、そこだけを、執拗に。
「あ、あ、あ、そこ……っ! んく、ぅっ!」
もう、恥ずかしいとは思わなかった。
結論の書き直し
「……もっと」
「ん?」
リーダーの男が、顔を上げた。
「もっと欲しいの。三人とも」
男たちが、作業着のジッパーを下ろしていく。熱く、硬く、膨れ上がった三本が、作業灯の下に現れた。
「どれが欲しい?」
「……全部」
私は両手で二本を掴み、そのうちの一本を、自分から口に迎え入れた。口の中が、男の熱でいっぱいになる。
リーダーの男が、私の両脚を大きく開き、そのあいだに割って入った。熱い先端が、濡れきった入り口に当てられる。そこで、止まった。
「……あとで、後悔しないか」
最後まで、この人は、前提を確かめる。
私は口からいったん離して、彼の目を見た。
「しない。……入れて。奥まで」
太く熱い楔が、一気に奥まで突き立てられた。
「んんんっ……!!」
会議室に、湿った音と、私の甲高い声が響く。自分の指で尖りを転がしながら、上も下も男たちの熱でいっぱいにされて、私は腰を振りつづけた。
天井の、あの薄い輪じみが、涙でにじんで揺れていた。
いった瞬間、私の頭の中で、明朝の意見書の結論の一文が、音を立てて崩れた。
朝
始発の時間、三人は何事もなかったように点検口を閉め、脚立を畳んで帰っていった。帰り際、リーダーの男が、外壁の錆汁の写真を撮っておけ、とだけ言った。
私は、シャワーも浴びずにデスクに戻り、意見書の結論を、一から書き直した。
依頼人には、和解を勧めることにした。
あの人の目は、私の書面より正確だった。それを認めたときがいちばん深く感じたなんて、この日記にしか書けない。
この背徳的な夜の続きを、貴方も目撃する…。
昼の私と夜の私の物語は、連載『痴女弁護士・神崎美月』で続いています。新しい話のお知らせと、ここでしか読めない番外編は、メールマガジンでお届けします。







