金曜日、午前二時
集中しすぎた一週間の終わりには、いつも体のどこかが眠らない。
隆は、今夜から札幌だ。タワーマンションの寝室で、私は全身鏡の前に立っている。窓の外には、昼間の私が書面を書いているビルの灯りが、小さく見える。
身につけているのは、シルクのブラウスだけ。ボタンは全部外してある。鏡の中の女は、乱れた黒髪のあいだから、こちらを見ている。着座した依頼人を見るときと同じ目で。
(本日の議題は、何ですか)
自分に向かって、そう問う。答えは、太腿の内側が先に知っていた。誰にも触れられていないのに、とろりとした熱がそこを伝っている。
見られたい。それも、一人にではなく。
そこまで認めてから、私は目を閉じた。ここから先は、私の頭の中の法廷だ。開廷も、閉廷も、私が決める。
召喚する
一人目は、背の高い男。二人目は、腕の太い男。三人目は、声の低い男。顔は、作らない。顔を与えると、その男にも意思が生まれてしまうからだ。今夜、意思を持つのは私だけでいい。
「そこに立ちなさい。私の後ろに。鏡に映る位置で」
妄想の男たちは、言われたとおりに並んだ。鏡の中の私の肩越しに、三つの影が重なる。
「見て、どう思うか。言いなさい」
声の低い男が、私の耳元で笑った。
「澄ました顔して、もう脚のあいだが光ってるじゃねえか」
下品な言葉だった。そういう言葉を言わせたのは、私だ。自分で書いた台本を、他人の口で読ませる。それでも、耳の奥が熱くなる。
私は右手で、自分の胸を下から持ち上げた。重さが、手のひらにずしりと溜まる。その手を、背の高い男の手だということにする。
「そう。最初はそっと。……もう少し強く。そこよ」
自分の指で、先端を摘まむ。妄想の男が、私の指示どおりに、そこをこねる。尖っていくのが、鏡の中でもよく見えた。
条項を足していく
左手を、太腿のあいだへ下ろしていく。その手は、腕の太い男のものだ。
「触れていいのは、指一本だけ。第一関節まで」
頭の中の男が、言われたとおりに止まる。指先が、裂け目の入り口に、ほんの浅く沈んだところで。
契約書を起案するときと同じだった。許すことと、許さないことを、一行ずつ書いていく。書いた分だけ、相手は動ける。書いていないことは、何もできない。
「……第二条。第二関節まで」
指が、もう一段沈む。くちゅ、と湿った音が、鏡の前で小さく鳴った。
「第三条。……二本目を、許可する」
自分で書いた条項に、自分の体が先に答えていく。内側が、まだ入ってこない二本目を待って、ひくりと動くのが分かった。
「第四条。……動かしていい。ゆっくり」
声が、だんだん短くなっていく。条文は、本来もっと長く、もっと慎重に書くものだ。但し書きも、例外も、つけるべきだ。それなのに私は、但し書きを一つもつけられなくなっていた。
鏡の中で、腕の太い男の影が、私の命じた速さで動いている。私の指が、私の書いた条項の範囲で、私の中を出入りしている。
「第五条。……強く。もっと、速く」
条項を足すたびに、奥が熱くなる。許しているのは私のはずなのに、一行書くたびに、自分が何を求めているのかを、宛先のない契約書に告白しているようだった。見せたくないカードを、自分から一枚ずつ開けていく交渉。そんな交渉を、私は法廷では一度もしたことがない。
自分で選ぶ
膝が崩れそうになって、私はベッドの端に腰を下ろした。鏡は、まだ正面にある。
脚を開く。自分で、ゆっくりと。鏡の中の女が、いちばん見せたくないところを、いちばん見せたい相手に向けて開いていく。
「二人とも、来なさい」
妄想の中で、二つの影が私を挟んだ。前と、後ろ。元の妄想では、いつも男たちが勝手にそうした。いつも私は「やめて」と言いながら、それを待っていた。その「やめて」が嘘だったことを、今夜の私はもう認めている。だから、嘘をつかずに命じる。
「前は、あなた。後ろは、あなた。……同時によ。どちらかが先に入ったら、そこで止める」
こんな命令を、口に出して言っている。一人きりの寝室で。その事実だけで、下腹の奥が疼いた。
右手の指を前に、左手の指を後ろに当てる。それを、二人の男だということにする。一つ、息を吸って。
「……今」
二つの入口が、同じ拍で開かれていく。はじめての圧迫に、息が止まる。薄い壁一枚を隔てて、二つの熱が奥で押し合うのが分かる。妄想の男たちの形をした、自分の指が。
「……っ、あ……そう。そのまま、ゆっくり……」
声の低い男が、耳元で私のいまの姿を実況する。そういう役を、私が最初に与えておいた。「二つとも、根元まで咥え込んでるぞ」。下品な実況に、内側が答えるように締まった。
閉廷
「……速く。もっと。二人とも」
その命令だけは、男たちにではなく、自分の指に向けていた。もう、どこまでが妄想でどこからが現実なのか、境界が溶けている。
鏡の中の女が、背を反らす。開いたブラウスのあいだで、胸が波打つ。前と後ろの二つの圧迫が、一つの線につながって、邪魔ものなしに上へ駆け上がってくる。
「……いく。見て。三人とも、見ていなさい……」
波が、後ろから前へと押し寄せた。二つの入口が、同じ拍で、何度も、何度も指を締めつける。妄想の男たちの影が、そのたびに薄くなっていく。
目を開けると、鏡の中には私しかいなかった。
乱れた黒髪。上気した頰。開いたままの脚。惨めな姿のはずなのに、不思議と引け目はなかった。
この夜、私は一度も「やめて」と言わなかった。その代わりに、全部自分で命じた。男たちの言葉も、男たちの手も、男たちの入る順番も。
(本日は、これにて閉廷)
そう宣言してから、私はそのまま、シーツの上に倒れ込んだ。次の開廷日を、もう頭のどこかで決めはじめながら。
この夜の続きを
昼の私と夜の私の物語は、連載『痴女弁護士・神崎美月』で続いています。新しい話のお知らせと、ここでしか読めない番外編は、メールマガジンでお届けします。








