あの夜。
仮面の会員制クラブで、会則第三条を一度も使わずに帰った、あの夜…。
【神崎美月の痴女日記】仮面の会員制クラブ、目隠しを選んだ夜
窓のない部屋で、四人の男が、私の「いいえ」の一言で息を止めた。あの静けさを、私の身体はまだ覚えていた。
裁判で勝っても、依頼人に頭を下げられても、もう渇きは癒えない。
もっと。
会則も、仮面も、扉の鍵もない場所で、私の本性を晒したい。
朝のラッシュ
月曜の朝、八時十二分。毎朝乗っている、あの路線の、あの車両。
身体のラインを一本残らず拾う、黒のタイトなニットワンピース。その下は、素肌。ブラジャーも、ショーツも、着けていない。玄関で一度だけ、鏡の前で立ち止まった。ジャケットを羽織るかどうか。羽織らなかった。

(あら、神崎美月。ついに、そこまで来たのね)
もう一人の私が、窓に映る姿を冷ややかに分析する。
(違うわ。ここまで来たのは、私の脚よ)
乗り換えの駅で、人の波がどっと押し寄せてくる。私は、いちばん混むドアの前に、自分から立った。吊り革を握る。背中に、前に、横に、スーツの男たちが押しつけられてくる。
一人目
背中に、硬い胸板が密着する。整髪料と、汗の匂い。
ノーブラの胸が、人の圧で潰される。ニットのざらついた繊維が、硬くなりはじめた先端をこする。それだけで、背筋に甘いしびれが走った。
お尻に、手の甲が当たった。偶然か、そうでないか。分からない。
私は、腰をほんの少しだけ、後ろへ押しつけた。
手の甲が、止まった。それから、ゆっくりと裏返った。手のひらが、ニットの上から、肉の感触を確かめるように食い込んでくる。
もう一度、押しつける。
指が、ニットの裾をくぐった。何も着けていない熱い素肌に、直接。
「……っ」
後ろの男が、息を呑んだ。
「……穿いてねえ」
耳元で、かすれた声がした。知らない男の声。その下品な一言が、こんなに効くとは思わなかった。指が、裂け目に沿って、ねっとりと上下する。家を出たときから、私はもう濡れていたのだ。

二人目、三人目
横の男が、気づいた。
彼の手が、ためらいがちに私の腰に触れた。私は、吊り革から片手を離して、その手首を取り、自分の胸へ運んだ。
「……こっちもノーブラだ」
指先が、尖った先端を見つけて、爪の先でかりかりと引っ掻く。後ろの指は、いちばん敏感な尖りを捉えて、こね回す。前に立つ男は、触れずに、ただ私の胸元を見下ろしている。耳まで赤くして。
後ろから、横から、前から。満員電車の中で、三人の知らない男に同時に。毎朝乗っている、あの路線の、あの揺れの中で。
「……あ、ん……ふ……っ」
声を殺せない。周りの誰かに聞こえているかもしれない。聞こえていてもいい、と思った自分に、ぞっとした。ぞっとしたまま、奥からあふれた。
「次は、表参道。表参道。お出口は、右側です」
多目的トイレ
ドアが開いた。
私は、三人の男の手首を、順番に一度ずつ掴んで、引いた。言葉はいらなかった。三人とも、人の流れに逆らって、私についてきた。
ホームの端、階段の陰。多目的トイレの扉。
扉の前で、一度だけ振り返った。三人の顔を、初めてちゃんと見た。三十代のサラリーマン。もう少し若い、ネクタイの曲がった男。日焼けした、腕の太い男。
「……入って」
鍵が、内側からかけられた。消毒液の匂い。冷たい蛍光灯。手すりと、鏡。
「マジかよ……」
一人目が、ニットの裾を掴み、一気に胸の上までまくり上げた。
「……いいわ。そのまま、乱暴に」
「うわ……本当に、なんにも着けてねえ」
「電車の中で、ずっと尖らせてたもんな」
足が、大きく開かされる。裂け目からあふれたものが、太腿を伝っていく。

「なあ、あんた、何なんだよ」
二人目の男が、かすれた声で聞いた。
「……私は、痴女よ。毎朝この電車に乗っている、痴女」
順番は、私が決める
床に膝をつく。冷たいタイル。
「あなたは、口。あなたは、後ろから。……あなたは、最後よ」
一人目のものが、唇に押し当てられる。濃い、男の匂い。私は自分から舌を出し、先端の形を一度だけ確かめてから、それを迎え入れた。喉の奥を突かれて、目の端に涙がにじむ。口の端から、よだれが伝う。
背後で、二人目が私の腰を掴んだ。熱い先端が、ぬかるんだ入り口に押し当てられる。
口が塞がっている。一度だけ唇を離して、言った。
「……入れて。私の、おまんこに。奥まで」
一気に、奥まで来た。
口と、奥と。二つの熱が、同じ拍で私を満たす。仮面のクラブで覚えた、あの飽和。でも、今夜は違う。ここは、毎朝私が通る駅の、本物の多目的トイレだ。扉の外を、人の足音が通り過ぎていく。誰かが取っ手に手をかけたら。その想像で、私は今までにないほど深く締めつけていた。
「すげえ、締めてくる」
「口もサボんなよ」
男たちの下品な声が、蛍光灯の下で反響する。一つ聞こえるたびに、奥からあふれる。
「あ、あ、ああああっ……!」
いった。口に咥えたまま、後ろから貫かれたまま。
「まだよ。……三人目」
痙攣の残る声で、私は言った。三人目が、私の顔の前に立つ。
もう、何が何だか分からない。口も、奥も、知らない男たちの熱でいっぱいで、扉の外の足音だけが、ずっと遠くで続いていた。
九時十五分
三人が出ていったのは、九時を少し過ぎたころだった。誰も名前を言わなかった。私も聞かなかった。
冷たいタイルの上で、私は震えていた。よだれと、自分のものと、男たちのものにまみれて。
ハンドバッグから、替えのストッキングと、事務所に置いているのと同じ口紅を出した。鏡の前で、十分。

九時十五分、私は表参道の事務所のエレベーターに乗っていた。いつもの、隙のない神崎美月の顔で。
ニットの下は、まだ何も着けていない。
この背徳的な夜の続きを、貴方も目撃する…。
昼の私と夜の私の物語は、連載『痴女弁護士・神崎美月』で続いています。新しい話のお知らせと、ここでしか読めない番外編は、メールマガジンでお届けします。








