昼は弁護士、夜は自分で選ぶ痴女。神崎美月の秘密の記録

【神崎美月の痴女日記】仮面の会員制クラブ、目隠しを選んだ夜

会則第三条

黒い封筒は、事務所の私書箱に入っていた。

差出人の名はない。中には、金の箴押しの招待状が一枚と、三枚つづりの会則。以前に一度だけ、ある依頼人が酒の席で口にした名前だった。「先生のような方にこそ、あそこは合う。紹介してもいい」。私は笑って、その話を流した。流したつもりだった。

その夜、私は会則を契約書と同じように読んだ。赤ペンを片手に、一条ずつ。

第一条、会員は仮面をつけ、互いの身元を問わない。第二条、会場でのことは外に持ち出さない。撮影と録音を禁じる。

第三条、招かれた者は、いつでも「止めて」と言う権利を有する。その一言で、会場のすべては止まる。

赤ペンは、一度も動かなかった。よくできた会則だった。特に第三条。決めるのは招かれた側だと、最初に書いてある。

だから、行くと決めたのも、私だ。

目隠しを選ぶ

西麻布の住宅街。表札のない重い扉を押すと、黒いスーツの男が一人、黙って銀の仮面を差し出した。目元だけを覆う、猫のような形。

通された部屋には、窓がなかった。壁は深い赤のベルベットで、中央に肘掛けのついた低い椅子が一脚。その周りの薄明かりに、仮面の男たちが四人、壁に沿って立っている。誰も動かない。誰も口を開かない。

「今夜の進め方は、あなたが決めてください」

扉の男が言った。小さな銀の盆の上に、黒いシルクの帯が一本、置かれている。

「目隠しをご希望の方にだけ。ご希望でなければ、そのままで」

私は、男たちの仮面を一つずつ見た。見られているのは私のはずなのに、先に相手を審査している。職業病だ。肩幅、手の置き方、立ち方。四人とも、自分からは一歩も踏み出してこない。会則を知っている立ち方だった。

それで、決めた。

「目隠しをください。それから、手首も。椅子の肘掛けに、軽く」

自分の声が、法廷で証拠の提出を申し出るときと同じ高さだった。それがおかしくて、唇の端が少しだけ上がった。

視界が闇になる。手首に、柔らかい革の輪がかかる。引けばすぐに外れる強さだと分かって、むしろ自分で、外さないと決めた。

許可を求める声

見えなくなったとたん、部屋が広がった。

衣擦れ。絨毯を踏む、重さの違う四つの足音。どこかで氷がグラスを鳴らす。それぞれの男の匂いが、少しずつ違う。ベチバー、煙草の残り香、石鹸だけの清潔な肌。

耳のすぐ近くで、低い声がした。

「上着を脱がせてもいいか」

私は、うなずきかけて、やめた。

「……許可します」

ジャケットが肩から外される。ブラウスのボタンに、他人の指がかかる。一つ外すたびに、指は一度止まる。その閨の間に、私が「止めて」と言えるように。

言わなかった。四つ、五つ。

薄い絹が左右に割れて、空調の風が黒いレースの上を撫でた。どこかで、誰かが息を吸う音がした。

見られている。四人に。私には誰も見えないのに。

(情報の非対称……)

交渉では、こちらが知らなくて相手が知っている状態を、何よりも嫌う。それを、私は自分から作った。その不利な立場が、下腹の奥で、じわりと熱に変わっていく。

「触れてもいいか」

別の声。右側から。

「……どうぞ」

指先が、レースの縁をなぞる。左からも、別の指が。二人分の体温が、胸の両側から同じ速さで登ってきて、先端の手前で、示し合わせたように止まる。

止まっているのは、私の答えを待っているからだ。

「……続けて」

カップが押し下げられ、硬く尖った先端が、二つの指に同時に摘まれた。右は優しく、左は少し強く。そのちぐはぐな強さが、一人では決して作れない刺激になって、背骨を伝って下へ落ちていく。

「……っ、ん」

自分の声が、赤い壁に吸い込まれていく。

自分で開く

「脚を、開いてもいいか」

今度は、足元からだった。ひざまずいているのだろう。声が低い位置から来る。

「いいえ」

部屋の空気が、一瞬で固まった。第三条。誰も、もう動かない。

その静けさを、私は味わった。四人の男が、私の一言で息を止めている。

「開くのは、私です」

タイトスカートのスリットが、脚の動きに合わせて裂けていく。ガーターの留め具が太腿の内側で、かちりと鳴った。膝と膝のあいだに、空気が流れ込む。その先に、男の息がある。

極細のクロッチが、もう布の役を果たしていないことは、自分がいちばんよく知っていた。湿った生地が、裂け目に張り付き、その形をそのまま相手に見せている。

「……口で。布は、ずらしていい」

熱い息がかかり、それから、もっと熱いものが触れた。

舌は、下から上へ、ゆっくりと裂け目をなぞった。それから、いちばん敏感な一点を探し当て、そこで止まった。止まったまま、動かない。動かされないことのほうが、私の腰を勝手に揺らした。

「……いじわる、しないで」

「指示を待っている」

足元の声が、少しだけ笑っていた。この場の主導権が誰にあるのかを、この男は正確に理解している。理解したうえで、私に言わせようとしている。

「……吸って。強く」

じゅ、と湿った音が、ベルベットの壁に響いた。それに重なって、自分の声が届いた。こんな声を、四人が聞いている。そう思った瞬間、奥から熱いものがあふれて、男の口元を濡らしたのが分かった。

二つの熱

椅子の肘掛けから、手首を外した。自分で。

「……止めるのではありません。姿勢を変えます」

そう宣言してから、椅子を降り、絨毯に膝をついた。目隠しはしたままだ。手探りで、目の前に立つ男のベルトを探し当てる。

「あなたは、前。……それから、さっきの人。後ろに」

自分の口から出ているのは、会議室で担当を割り振るときと同じ言葉だった。ただ、声がずっと濡れている。

金属のバックルが外れる音。唇に、熱く硬い先端が触れる。男の匂いが、鼻の奥に滞留した。私は舌先で一度だけ形を確かめてから、自分で口を開き、それを迎え入れた。

背後で、膝が絨毯に沈む気配がした。腰に、大きな手のひらがふれる。そこで止まる。

「……いいか」

口は、もう塞がっている。答えるために、一度だけ唇を離した。糸を引いた唇で、セリフを探した。「許可します」。そう言うつもりだった。代わりに出たのは、一度も人前で口にしたことのない言葉だった。

「……入れて。私の、おまんこに。奥まで」

言い終えた瞬間、それは返事の代わりに、私を一気に押し広げた。

口と、奥と。二つの熱が、前と後ろから同じ拍で私を貫く。前の男が少し引くと、後ろの男が少し押し込む。その調子を、私は体のどこかで、筋書きどおりに進む交渉のように感じていた。ただ、その筋書きを書いたのは私だ。

残りの二人の指が、胸に戻ってきた。誰も、もう許可を求めない。求めなくていいと、私が自分の口で言ったからだ。

四人分の体温が、私一人の上で交差する。奥の壁が、男を抱きしめるように強く締まり、口の中の男が低く呻いた。その呻きが、私の喉を振るわせる。

波は、後ろから来た。腰の一番奥で、何かが弾ける。その瞬間、前と後ろの二人も、ほとんど同時に息を詰めた。粗い息を吐きながら、男たちの熱が口と奥とで、同じ拍で脈打つ。目隠しの裏で、闇が、金色に滲んだ。

仮面を返す

目隠しを外したのも、私だった。

部屋には、もう誰もいなかった。椅子の上に、畳まれたジャケットと、水の入ったグラスが一つ。そして、一枚のカード。

「第三条を、一度も使わなかった方は、初めてです」

筆跡は、扉の男のものだろう。私はカードを裏返し、何も書かれていないことを確かめてから、ハンドバッグにしまった。

使わなかったのではない。一度だけ、「いいえ」と言った。その一言で四人の男が息を止めたあの静けさが、今夜いちばん深く、私の中に残っている。

次の封筒が届いたら。そのときは、会則に赤ペンを入れて、こちらから条件を出そう。

窓のない部屋で、私は一人、ゆっくりとブラウスのボタンを留めはじめた。

この夜の続きを

昼の私と夜の私の物語は、連載『痴女弁護士・神崎美月』で続いています。新しい話のお知らせと、ここでしか読めない番外編は、メールマガジンでお届けします。

この記事を書いた人

はじめまして、神崎美月です。昼間は法律事務所で書面を書いている弁護士。夜の私が何をしているのかは、この場所と連載に書いています。あなたと、特別な時間を共有できたら嬉しいわ。

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