昼は弁護士、夜は自分で選ぶ痴女。神崎美月の秘密の記録

【神崎美月の痴女日記】鏡の前で、私が書いた「宣言書」を読み上げた夜

10月13日(月)深夜

午後四時、東京地裁の七〇二号法廷。

相手方の証人は、三度目の質問で、自分の陳述書と違うことを言った。私はその一行を、ゆっくり読み上げてみせただけだ。傍聴席の誰かが、小さく息を呑んだ。勝ちが決まる瞬間の音は、いつも小さい。

勝った日の夜は、体の芯が冷えない。

祝杯の誘いを断って乗ったタクシーの中で、私はスマートフォンを開いた。三日前に一度だけ食事をした男の名前が、画面の上で光っていた。

『今夜、空いている』

玲司さん。初対面のディナーで、私のワイングラスを持つ指を見て、「その手は、署名し慣れている手だ」と言った男。それ以来、あの声が耳から離れない。

返事は打たなかった。代わりに、ホテルの名前と部屋番号だけを送った。

鏡のある部屋

スイートルームの奥の壁は、床から天井まで一枚の鏡になっていた。この部屋を選んだ理由は、それだけだ。

法廷のスーツは、ロッカーに置いてきた。いま着ているのは、シャンパン色のシルクのワンピース一枚。その下には、何も着けていない。ガーターで吊ったストッキングだけ。エレベーターの中で、それを知っているのは私一人だった。その事実だけで、膝の裏が汗ばんでいた。

ノックは二度。

玲司さんは、部屋に入るなり、私ではなく鏡を見た。それから、鏡の中の私を見た。

「いい部屋だ」

「そうでしょう」

私は、ハンドバッグから一枚の紙を出して、彼の手に渡した。事務所のプリンターで、昼休みに刷ったもの。A4一枚、明朝体、十二ポイント。

「今夜、私が読み上げるもの。あなたは、鏡の前に私を立たせて、これを読ませて。途中で、私が言いよどんだら、そこから読み直させて」

彼は、紙に目を落とした。一行目で、彼の眉がわずかに上がった。最後の行まで読んで、彼はゆっくりと紙を折った。

「……君は、本当に、自分でこれを書いたのか」

私は笑った。答えなかった。

宣言書

鏡の前に立たされたのは、それから五分後だった。

背中のジッパーが、ゆっくりと下ろされていく。シルクが肩から滑り、足元に溜まる。鏡の中に、ガーターとストッキングだけの女が現れた。今日の午後、証人を黙らせた女と、同じ顔をしている。

玲司さんは、私の後ろに立って、折った紙を私の目の前で開いた。

「読みなさい」

一行目を、声に出した。

「……私、神崎美月は、本日、ここに宣言します」

声が、法廷で主文を読み上げるときと同じ高さになっていた。それがおかしくて、唇の端が上がった。鏡の中の女も、同じように笑っている。

「二行目」

「……私は、昼のあいだ、誰にも負けない女です。……そして、夜のあいだは」

そこで、言葉が止まった。自分で書いた文なのに、その先が、喉の奥で引っかかった。

背後から、彼の手が伸びてきた。乳房の下に手のひらがあてがわれて、その重さを、確かめるように持ち上げる。先端が、鏡の中で硬く尖っていくのが見えた。

「言いよどんだな。最初から」

紙を書いたときに、私が仕込んだとおりの台詞だった。仕込んだとおりなのに、膝が震えた。

「……私、神崎美月は、本日、ここに宣言します」

一行目からやり直す。二行目。そして、三行目。

「……夜のあいだは、あなたの前でだけ、命令を待つ女になります」

言い切った瞬間、太腿の内側を、熱いものが一筋伝っていった。鏡に、それが映っていた。

読み直し

四行目には、ある言葉を書いておいた。普段の私なら、どんな場面でも口にしない言葉。

玲司さんの指が、脚の付け根に降りていく。けれど、そこには触れない。濡れているところの、すぐ手前の肌を、指の腹でなぞるだけ。焦らされている。その焦らし方まで、紙に書いたのは私だ。書いた本人が、いちばん耐えられない。

「四行目」

「……私は」

鏡を見た。鏡の中の女は、頬を赤く染めて、唇を開けていた。目が潤んでいる。こんな顔を、私は今まで一度も見たことがない。

「……私は、あなたに見られると、すぐに濡れる、いやらしい女です」

その言葉が、部屋の空気に落ちた。取り消せない。取り消したいとも、思わなかった。

彼の指が、ようやく入ってきた。

ぬるり、と。一本。すぐに、もう一本。内側の柔らかい壁が、待ちかねていたように指に吸いついて、締めつけた。同時に、親指が外側の尖りを押さえる。中と外を一度に責められて、腰が勝手に跳ねた。

「あっ……あ、ぁっ……!」

「五行目が残っている」

「……っ、む、り……」

「読みなさい。最後まで」

鏡の中で、女が泣きそうな顔をしている。その顔のまま、口だけが、最後の一行を探している。

「……私は、本日、この鏡の前で、あなたの許しを得てから、いきます」

許し

彼は、すぐには許さなかった。

指の動きを、わざと遅くする。奥のいちばん弱いところを、ぎりぎりで外して、その周りをゆっくりと掻き回す。波が来るたびに、引いていく。三度目に引いたとき、私は鏡に向かって、自分でも聞いたことのない声で言った。

「……おねがい。いかせて」

紙には、そんな台詞は書いていなかった。

鏡の中で、彼が、初めて少しだけ笑った。

「いけ」

その一言で、全部が崩れた。

奥が、彼の指をきつく締め上げる。何度も、何度も。腰の奥で、熱が弾けては、また弾けた。立っていられなくなって、鏡に両手をついた。冷たいガラスに、自分の吐息が白く広がって、すぐに消えた。

署名

どれくらい経ったのか、分からない。

気づくと、私はベッドの端に座らされて、肩にバスローブを掛けられていた。玲司さんは、ナイトテーブルの上で、あの紙をきれいに伸ばしていた。

「署名欄がない」

「……書き忘れたわけじゃないわ」

「では、なぜ」

私は、ローブの前を合わせながら、彼を見上げた。

「次も、読み直させてもらうためよ」

彼は何も言わずに、紙をもう一度折って、上着の内ポケットにしまった。

明日の朝九時、私はまた法廷に立つ。相手方の証人を、一行ずつ追い詰める。その鞄の中に、あの紙の下書きが、まだ入っている。

この夜の続きを、貴方も目撃する…。

昼の私と夜の私の物語は、連載『痴女弁護士・神崎美月』で続いています。新しい話のお知らせと、ここでしか読めない番外編は、メールマガジンでお届けします。

今夜の続きを、映像で覗いてみる…

この記事を書いた人

はじめまして、神崎美月です。昼間は法律事務所で書面を書いている弁護士。夜の私が何をしているのかは、この場所と連載に書いています。あなたと、特別な時間を共有できたら嬉しいわ。

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